宝物

□Magical Night
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※微エロ注意





「あいつの所為でもうあの店、行けねえじゃんか……くそ、」



 ハロウィンの夜、付き合ってた男と別れた。

 ていっても顔が好みだからと2、3回寝ただけの奴。なのに彼氏面しやがって。

 他の男に色目使ったとか何とか口論になって、顔見知りのバーテンに二人揃って抓みだされ、その挙句……

「あーサイアク……痛っ、」

 しばらく天を仰いでいたおかげで出血は止まったようだが、夜風に弄らる度に引き攣れが走る。

 口元を押さえ、だらしなく背もたれに預けていた上体を起こしかけ。

 視界の端に映る何かに気づいた。

「……?……犬?」

 いつからいたのだろう。

 深夜の公園のベンチにひとり座る俺の足元に、灰色の大きな犬が蹲っている。

「おい、どーしたお前?」

 そっと声を掛けるとピクンと片耳を震わせ、持ち上がった頭がこっちを向く。

 密集したまつげの下の瞳が月明かりに照らされて、ピカリと光って見えた。

 目が合うなりすっくと立ち上がったそいつが、ベンチに揃えた前足を掛け伸びあがる。

「うひゃ、擽ってェ。こら、んな舐めるなよー」

 殴られて切れた唇の端を、会ったばかりの犬の温かな濡れた舌が舐めあげていく。

 あたかも傷口を癒してくれようとするかのような、こびり付いた血を舐めとる仕草に不覚にも涙が滲んで。

 その涙をもペロリと舐めとると体を戻し、犬は”待て”のポーズをとった。そのまま俺を見あげてくる。

「一緒に来るか?」

 訊ねて俺は立ち上がる。歩きだすと後ろからアスファルトを弾く微かな音がついてきた。




 連れ帰った犬をまずは風呂場で洗ってやる。

 すると、見違えるほど美しい銀色の毛並みが現れた。

 ざっとドライヤーで乾かしてやってから水を入れた深皿だけを置き、

 自分もシャワーを浴びようともう一度風呂場へ。

「妙におとなしいな。まあ元は飼われてたみてーだし、躾られてるんだろーが……」

 体中を泡だらけにしながらひとりごち、さっき見つけたタグを思い浮かべる。

 長毛に隠れて見えなかったチェーンタイプの首輪には『YUKINA』と刻まれたタグがついていた。 

 ゆきな、とはずいぶん優雅な響きだな。などと考えながらシャワーで泡を洗い落としていく。

 童顔がウリで大学生と言い張ることもできるとはいえ、こうやって泡の下から現れた素肌ときたら……

「ま、しょせん30ですから」

 自嘲を苦笑に紛らした俺は、伸ばした手でコックを絞った。




「ゆきな」

 呼びかけると伏せていた犬はすぐに立ち上がり寄って来た。待てというと座ったまま瞳が俺を見上げてくる。

 そんな一生懸命な様子にきゅんときて思わずしゃがみこんだ。ワシワシと撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。

「シェパード、じゃないしハスキーとも違うし……けどなかなか男前だよな、お前」

 スリリと頭を押しあてて甘えてくるゆきなを連れて移動し、

「お前はここな?」

 示したベッド下に従順にうずくまる銀色の毛並みを一撫でしてから、照明を絞る。

 しかし接触不良でも起きたのか、音もなく一瞬で全てが闇に沈んだ。

「あれ?」

 声に驚いたのだろうか。ベッド下のゆきなが身動ぐ。

「大丈夫だから、」

 じっとしていろ、そう言いかけたのに。

 声を呑みこんだ目の前、闇の中に金色の双眸が浮いていた。

 目を逸らしたいのに逸らせない。

 その時。

『俺を呼んでくれてありがとう。ところであなたのお名前は?』

 金縛りにあったように動けない俺の頭の中に声が響いてきた。

「……きさ、木佐翔太」

『じゃあ木佐さん。唐突ですが俺と契約を交わしてくれませんか?』

「はあ?頭いかれてんじゃねーのかお前。つーか、犬のくせに人間の言葉を喋るとかおかしーだろ?」

 いや、いかれてるのは俺の方かも知れない。意志とは無関係にぺらぺらと口が動いては、勝手に会話を成立させているのだから。

 何だよこれ……夢なのか……?

 内心の焦りとは無関係にまだ会話は続く。

「人語が喋りてーなら犬じゃなく人間になれ。そしたら聞いてやるぜ? その契約とやらを」

『いえ犬ではなく狼なのですが……、まあいいでしょう。では、お言葉に甘えまして』

 するすると闇が形を変えてゆく。やがてそれが一つの形に凝り固まると待ってたように照明が灯り始める。

「っ!……マ、ジか、よ……」

 喘ぐような掠れ声が自分の出したものと気づかぬまま、ぼんやりと映し出された『顔』を拝んだ。




 それはメンクイな俺がアゼンとするほど完璧な王子様顔。

 そのまま見惚れているとニコリと微笑んでゆきなが喋り出す。

「俺は雪名皇21歳、ヴァンパイアの子孫です。

 けん族である狼に姿を変えてパートナー探しの旅をしてきました。

 今宵は偶然嗅いだ血の匂いがあまりにも好ましくて、

 辿っていったあの場所で、ようやくあなたと出逢うことができました。

 木佐さん、不老不死を手に入れたくはないですか?俺と契約すればバッチリです。さあいざ契約を!」

 ペラペラとよくまわる口元を俺はただ見つめるしかなかった。


 
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