パラレル部屋

□My name is…
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静かな部屋にシャワーの音だけが大きく響く。

俺はその音を聞きながら、自分自身にため息をついた。

いつもなら、こんなことはしないのに。

全く何をやっているんだと思う、自分らしくもない。

確かに俺は、今までに何人もの相手と体だけの関係を持ってきた。

気持ちのある関係と違って、お互い楽だしな。

今日だって、俺はそんな関係を求めて、夜の街をさまよっていた。

だが、今シャワーを浴びている奴は、ただ道端にいるだけの存在だった。

そういった目的で集まる場所にいるわけでもなく、突然頼まれたわけでもない。

深夜の大都会の道で泣いている時に、たまたま出会っただけ。

だけど俺は、傷ついた表情でひっそりと涙を流し続けるそいつを見た途端、目が離せなくなった。

儚くて、今にも消えてしまいそうなそいつに。


『……おい』


気がついたら、俺はそいつに話しかけて、ホテルにまで連れてきてしまった。

唇にはまだ、あいつの感触が残る。

(ほんと、何やってんだろうな……)

体だけの関係の相手にキスなんか、したことねーのに。

もう一度ため息をつきそうになったところで、ドアが開く音がした。

「……落ち着いたか」

着慣れないであろうバスローブを前で掻き寄せて、目の前のそいつはコクリと頷く。

俯いていて、よく表情は見えない。

だが、笑っていないことだけははっきりと分かった。

シャワーを浴びたばかりだから、その髪からは滴が垂れる。

「……よく拭けよ。風邪ひく」

思わず手をのばすと、そいつはビクッと肩を震わせた。

その拍子にそいつの顔があがり、見えなかった顔が見えるようになる。

泣いたせいで目元は赤くなっているが、綺麗な緑色の瞳が印象的だった。

だが俺と目が合うと、焦った様子で俺の手を払いのける。

そして、震える手を押さえながら口を開いた。

「あ、あのっ……俺、やっぱり帰ります!」

「……なんで」

「だ、だってホテルなんて……」

「でもついてきたのはお前だろ?」

「……っ」

深夜、ホテル、名前も知らない人間。

この状況から、これから起こることなんて予想がつくだろう。

それをこいつは恐れている。

俺がそれ以上何も言わないでいれば、そいつは帰る準備とばかりに鞄を整理し出した。

いつもならそんな相手を引きとめることはしない。

だけど、お前は。

「帰さねぇよ」

「……!」

「帰してなんか、やらない」

あからさまに緊張する体を後ろから抱きしめて囁いてやれば、バサバサと鞄がそいつの手から滑り落ちた。

……ほんと、俺なにやってんの。

だけど、こいつだけは帰してなんかやりたくない。

この腕に閉じ込めておきたいと、心の底から思ったから。

手を下に忍ばせて、太股のあたりをするりと撫でてやれば、そいつは息をつめた。

「……何?もしかして初めて?」

そう問いかけると、ふるふると顔を横に振る。

……そんな真っ赤な顔で否定されても、全く説得力ないんだけど。

きっとこいつは、同性との関係はもったことないんだと思う。

それなのに、強がってこんな嘘までついて。

(そんな風に自分を演じたりするから、振られたんだろ)

首筋に顔を埋めてキスを落とす。

そこからはさっきまでの女物の香水の匂いはなく、ボディーソープの優しい香りだけがあった。

固まったままの体を解すように、身体に手を滑らせて、キスを落として。

それでも顔を上げれば、不安に染まった瞳とぶつかった。

「あ、あの……」

「……大丈夫だから。痛くしねーから」

不安げなそいつの顔を見ながら、頭をくしゃっと撫でる。

優しい手つきに、見られたくない欲望を隠して。

どうせこの恋は一夜限り。

ならばしっかりと楽しませてもらおうじゃないか。

俺の手に安心したのか、そいつは少しだけ肩の力を抜きだした。

そのスキをついて、後ろから再び奪った唇は、


この世のなによりも、甘い味がした。


END. 2011.7.14 UP


とある曲から妄想。
高律曲ではないのですが、無理に妄想したら小ネタのくせに長くなりました。
友人に好評な話です。

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