書物

□桔梗
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昔。今より何百年も前の頃。

彼と私は恋人だった。


−桔梗−

1.

『変わらぬ愛』とは、一体何なのだろうか。
そんな事をふとした瞬間、私は考える。別にたいしたことでは無いのだが、考えずにはいられない。
今も授業中にも関わらず、考えながら空を見た。

(昔と変わらんな…)

空は、今も昔も変わらず青い。

「…長次」

近くの席の人間に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、愛しい彼の名前を呟く。
私の好いている人間は、同じ学年の中在家長次。同性である彼を想うことは異常な事だろう。
しかし、私は長次を愛している。それは、昔から揺らぐことはなかった。

「おい、仙蔵」

小声で私の名を呼ぶクラスメート。
呼ばれた方を見れば、何やら心配そうな顔をしていた。

「どうした?文次郎。今は授業中だろ?それに、顔がキモい」

「喧しいっ!!……それよりお前、また長次の事を考えていたのか?」

「…お前には関係ないだろ…」

文次郎に図星を突かれ、動揺してしまった。
今まで文次郎に向けていた顔を黒板に向ける。

「あいつ…昔のことは覚えていないのだろ?お前とのかん「黙れっ!!」」

「仙蔵……」

「立花?先生に“黙れ”とはどういう意味だ?」

先生の声が聞こえ、怒りが冷めた。
周りを見れば、教室中の視線が私に集まっていた。

「すみません…。何でもないです」

自分の失態に反省する。

「まぁ、成績優秀なお前にとってはつまらん授業だと思うが、皆の為に我慢はしてもらいたいな」

笑顔を見せる先生だが、あの人の纏ってる空気でわかる。“大人しく授業を受けろ”と。

(…大人は、未だに好きになれんな…)

まだ遠巻きの嫌味を云っている先生の声を聞くだけで、私は少し苛立ち始めていた。さっきの文次郎の言葉のせいもある。

「立花!!先生の話を聞いているのか!!?」

少し苛立った口調になる先生。

(うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……っ)

「……っ」

私は耐え切れなくなって、思わず殺気立たせてしまった。

「先生!こいつ、最近体調が良くないんです。なので、保健室に連れていてもいいですか?」

隣から文次郎の声が聞こえたが、先生に対しての殺気は消えない。

「あ、ああ…。潮江…頼む…な」

怯えた声を出しながら頷いた。
私は文次郎に腕を引っ張られながら、冷え切った教室をあとにした。




授業中の校内は、先生の声だけが響く。
それを聞きながら私と文次郎は保健室へ向かっていた。
勿論、腕は掴まれたままだ。

「文次郎、いい加減に手を放せ」

出来るだけ声が響かないように小声で云ったが、やはり少し響く。

「…保健室まではこのままだ。我慢しろ」

「……」

何時も煩い文次郎だが、今は珍しいくらいに物静かだ。
そのせいか、保健室に着くまで無言だった。

(私は…一体何をしているのだろうか…)


「失礼します。新野先生はいらっしゃいますか?」

保健室に着いた早々、戸を開けながら何時ものウザったい声で新野先生を呼んだ。
すると、優しく微笑んだ新野先生が顔を見せた。

「おや?立花君と潮江君じゃないですか。どうかしましたか?」

薬品整理をしていたのか、新野先生は薬品の瓶を両手で持っていた。

「まあ、そこに立っていてもしょうがないでしょう。中に入りなさい」

「はい。そうさせていただきます」

「……」

文次郎は礼儀正しく新野先生にお礼を云って中に入った。
私は、文次郎の後に続いて中に入った。
普段の私なら、こんなことはしない。絶対しない。けど、今は誰とも言葉を交わしたくない気分なのだ。

「で、何故二人は授業を抜けて保健室へ?…と聞くまでもないようですね。潮江君は付き添い。そうでしょ?」

「おっしゃる通りです。新野先生、仙蔵を頼んで宜しいでしょうか?」

私を無視して話が進んでいる。

「いいですよ。潮江君は教室へ戻っても大丈夫です」

二人の話していることが、余り耳に入ってこない。

「ではお願いします!失礼しました」

そう云って、文次郎は保健室を出ていった。
私は、保健室で突っ立っていた。

「立花君。そこに座りなさい」

新野先生が優しい声で私を椅子へと促す。まるで、操り人形のように椅子に向かって足が動く。
そして、椅子に座った。
私の向かいに新野先生が座る。

「さて、立花君。見た所体調が悪いわけではなさそうだけど、潮江君を心配させるのはおかしいね…。何かあったのかな?」

「……なんでもありません。唯の寝不足と疲労です。少しだけ、寝てもいいですか?」

私は俯きながら聞く。
少し間があったが、新野先生は許可してくれた。

(眠れば、長次の事を考えなくていい…)

天井を見つめ、そんなに重たくない瞼をゆっくり閉じた。

(長次……思い出して…長次…)



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長編です。覚悟しといてください。
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