書物
□一方通行
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オレの好きな奴には好きな人がいる。
それを知りながらオレは、ずっとあいつを想い続けてる。
◆一方通行
「七松先輩」
「ん?どうした?三之助」
「好きな奴を自分に振り向かせるには、どうしたらいいすかね…」
今日の委員会は生憎の雨の為、活動が中止になった。それなのに、オレがどうして体育委員長の七松小平太先輩といるのかというと、まぁ唯の偶然である。
「三之助の好きな奴って、留三郎のとこの富松作兵衛だろ?」
七松先輩の言葉に頷く。
「そうっす。用具委員会委員長、六年は組の食満留三郎先輩を尊敬してる富松作兵衛くんです」
(“尊敬”?いや、あいつは食満先輩を…)
一人で嫌なことを思い出し、オレは拳を作り、強く握りしめた。
「先輩は、綾部喜八郎先輩と付き合ってた滝夜叉丸先輩を振り向かせ、恋仲になったんでしょ?だから、相談してるんすよ」
七松先輩は、どうやってあの穴掘り小僧の綾部先輩から滝夜叉丸先輩を横取りしたのか。それを知れば、オレは作兵衛を自分のモノに出来るのだろうか。
「……三之助、お前、富松が大好きか?」
突然の言葉に、オレは固まった。
でも、オレは七松先輩から視線を外さずに頷いた。
「当たり前じゃないっすか。誰よりもあいつのことが好きっすよ。いや、愛してる」
「そうか。…富松を傷付けない程度にアタックしろよ」
「七松先輩…?」
七松先輩はオレの頭を力任せに掻き乱して、そのまま去ってしまった。
あの人の言葉の意味をオレはこの時、全然理解していなかった。
今日の夕飯は、A定食は野菜炒め、B定食は生姜焼き。
オレはA定食にした。
「いただきまーす」
最初に手をつけるのは味噌汁。これは譲れない。
「お、三之助一人?」
声を掛けられて、味噌汁を啜りながら正面を見る。そこにいたのは、三年は組の浦風藤内だった。
「あれ?三之助が一人って珍しいね。作ちゃんと左門は?」
藤内の横から同じ三年は組の三反田数馬が顔を出す。
「…オレが一人でいるのが、そんなに変か?」
「そんなこと云ってないだろ?ただ、何時も作兵衛と左門がいるからさ、どうしたのかなっと思って」
そう云いながら、藤内と数馬はオレの前に座った。
何時ものことだから、敢えて何も云わない。
二人を無視して食べ続ける。
「三之助、何かあった?」
数馬がオレに問い掛ける。
(こういう事に敏感なんだよな…この腹黒保健委員)
オレは気にせず食べ続ける。
何か云えば墓穴を掘りそうだからだ。
「方向音痴なのにちゃんと食堂に来れてることに驚いたよ」
オレに対しての嫌味のような言葉を紡いでくる数馬を睨む。
睨まれた数馬は、不敵な笑みを浮かべていた。
「ごちそうさま」
止まらず食べ続けたら、何時もより早く食べ終わった。
「三之助…、作ちゃん傷付けたら怒るからね」
立ち上がりかけたオレに数馬は、先刻の七松先輩と同じ事を云った。
数馬は何も無かったかのように箸を動かしていた。
「三之助!!何で先に食堂に行ってんだよ!?」
聞き慣れた声が近付いてくる。
「作ちゃん、元気だね」
「ホントだよ。その元気、私にも分けてほしいぐらいだ」
数馬と藤内が作兵衛に話し掛ける。その隙にお盆をおばちゃんのとこへ持っていく。
今は作兵衛と一緒に居たくない。
本能的にそう思った。
なのに。
「待てよ三之助!!」
作兵衛に腕を掴まれた。
「お前一人で長屋に帰れないだろ?俺が食べ終わるまで待ってろ」
何時もと変わらない口調で言われる。
「……」
オレは無言のまま作兵衛を見た。
作兵衛はオレを見つめる。
「…何黙ってんだよ」
作兵衛が沈黙に我慢が出来ず、口を開く。
「腕、痛いんだけど」
掴まれた腕に視線をやると、作兵衛もオレの腕を見る。でも、放してはくれなかった。
「放せば…行っちまうだろうが」
眉間にシワを寄せ、掴んでる手に更に力を込める作兵衛。
(…抱きしめたい…)
心の中で思い止まる。
「どうせ部屋で会うじゃん。それにさ、オレにも個人的な用事があるんだよ」
苦しい言い訳。
自分で云っておきながら、相当精神的に辛い。
本当は作兵衛を待っていたい。
けど、今本能のまま動けば嫌われるだろう。
「…個人的な用事って何だよ…っ!?俺や左門には言えないのかよ…!!」
何時もと違って、弱々しい声。多分オレにしか違いがわかんないだろう。
いや、左門も分かるかもしれない。
「そんな声で云っても、作兵衛だけには云わない」
「何で俺だけには云わないとか云うんだよっ!?もう友達でもないってことなのかっ!!?」
作兵衛の言葉が胸に刺さる。
でも、それは自業自得なのだ。
「食堂で何騒いでるんだ!?」
食堂の入口から嫌いな声が聞こえた。
今最も聞きたくない声だ。
「食満留三郎先輩っ!!」
作兵衛がその名を口にする。
「富松?何かあった……次屋?」
オレに気付いた食満先輩の声が、少し不機嫌に聞こえた。
(あからさまに不機嫌な声を出すかよ…)
「べっ、別に何も無いですよ!!」
咄嗟にオレの腕から手を離した作兵衛。
これを逃さないよう、オレは食堂を離れようと一歩踏み出す。
そして、作兵衛に向けて一言声を掛ける。
「よかったな作。大好きな食満先輩と食堂で会えてさ」
胸が苦しい。
でも、食満先輩を見る作兵衛の顔を見たくはなかった。
「三之助っ!」
背中から作兵衛がオレを呼んだので、足を止めた。けれど、振り返ることはしない。
「こっち向けよ!三之助!!」
「…いやだ。てか何やってんの?食満先輩と昼飯食ってこいよ」
素直になれない自分に腹が立つ。
「何云ってんだ?あのさ、お前さっきから意味わかんねぇ事を…」
「作!!いい加減、オレを構うのやめてくんない?前から思ってたんだけど、凄くうざいんだよね」
「な…っ」
「そういう事だから。じゃあね」
酷いことを云ったのは自分でも分かってる。作兵衛を傷付けた。
こうでもしないと、怒りのまま何をするか分からないから。
(作…作…ごめん。弱いオレでごめん…)
オレは心で作兵衛に謝りながら、食堂をあとにした。
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