短編集
□届かない距離
1ページ/1ページ
「好きだよ」
騒ぐ友人達の中で独り言の様にポツリと吐いたその言葉は、しっかりと君の耳に届いていた。
「誰が?」
その問いに、口角を僅かに上に上げながら、俺は答えた。
「…秘密」
「ふーん」
君は、興味なんて元からなかったような顔をしながら、携帯をカチカチと弄りだし、友人達の輪に戻って行った。
手を伸ばせば届く距離。抱き締められる程の近さ。しかし、君には届かない。
“彼”の話題に君は夢中なのだろう?
「ごめん、もう行かなきゃ。皆、バイバイ」
君が輪から離れていく。俺から遠ざかっていく。
きっと“彼”から呼び出しがあったのだろう。
「うん。じゃあ、また明日」
『行かないで』が言えなくて、俺は君を送り出してしまう。
手を伸ばせば届いた距離。抱き締められた近さ。手を伸ばしても届かない心の距離。
君への想い。
「好きだよ」
最後にもう一言だけ呟いて、俺は無理矢理笑顔を作って輪に入った。