「そんなにやられて・・バカじゃないの」

喧嘩っ早い私と

「そっちだって。また1年食ったんだって?」

手が早いこいつ。

お互い、この学校でみんなから敬遠されていてこうやって普通に廊下で二人して立ち止っているだけなのに半径3メートル内に人影は誰も映らない。みんな遠巻きに私たちが何か仕出かすんじゃないかとハラハラした視線を送る。馬鹿らしい。私とこいつもそんなあほじゃない。こんな公然の場で何か仕出かすようなあほだったら今頃とっくにこの学校から追い出されているっていうのに。私たちは噂ばかりが独り歩きをしてばかりで、誰も私たちをちゃんと見てくれない。いや、見れるようにしていない私たちが悪いのだけど。

お互いを見下したような目で見て、私たちは無言で会話をする。何を考えているのかなんてだいたい分かる。私たちは似たもの同士なのだ。そして、また同じことを繰り返す。馬鹿みたいに。存在意義を欲しがる私たち。ねえ、お互いを欲しているはずなのに何で私たちは噛みあわないの?

「そろそろ足洗えば?その内顔が顔でなくなるんじゃないの」
「そっちこそ、もうやめれば。信用ガタ落ちだよ」
「やめてほしいの?」
「やめてほしいって言ったらやめるの?」

我ながらくだらないと思った。私が一言「やめてほしい」と言ったところで何も変わらない。ただ「やめると思った?」って奴は鼻で笑うだけなのに。分かってる、分かっているのに、何でだろう、泣きそうだ。

「言ってみてよ」
「やだ。どうせ鼻で笑うじゃん」
「言ってみないと分かんないよ」
「じゃあ、罵声を浴びせるんだ」
「屁理屈」

どうせ私たちの距離は縮まることはない。素直になれない私に、放り投げ出したままのこいつ。どう頑張っても交わることはない平行線上をお互いが歩んでいて、私は並んでいるこいつをただ横目に見るだけ。

「俺はさ、おまえはちゃんと足洗った方がいいと思うんだよね」
「・・・何で」
「そろそろ、俺のとこに来る時期だと思うから」

そういうとこ、意味が分かんないよ。散々私のことをバカにして見下して罵って当てつけて、今まで一番私をぼこぼこにしてきたのに。なんで、そうやって笑うの?なんでおまえなの?最低、むかつく。

ふつふつと煮える感情のままに私は奴に拳を振り上げた。
私を散々ぼこぼこにしてきた仕返しをしたかったわけではない、ただ今この瞬間の感情を奴にぶつけたかっただけ。
なのに、無情にも私の拳は奴に振り下ろされることはなかった。拳に衝撃は起きず、代わりに半径3メートル以上離れた所からドッと雑音が溢れだす。
そして、私は気付く。
今、私は奴に腰に手を回され、唇も奪われていると。

その一瞬がとてもゆっくりと過ぎ去った。遠くから悲鳴が聞こえる。なのに、その時の私には何故か祝福の鐘のような響きのように感じた。笑っちゃうけど、それが本心。



「もうさ、馬鹿らしいんだよね。俺達、遠回りしすぎでしょ」



そう言って越前は私を抱きしめた。公然の場で、さも当たり前のように息をするぐらい簡単にやってのけた。
奴の腕の中で私は何も考えられず、ただほんの少し奴の背中に腕を回した。その時の精一杯の感情をありったけ込めて力なく、ワイシャツをそっと掴んだ。


「ねえ、なんか言うことないの?」


少しだけ笑って越前は私の頭をそっと撫でた。
なんだ、こいつこんなに優しい手をしてるんだ。汚い手のはずなのに、今はものすごく温かい。


「やめて、ほしい・・」

そっと一言そう呟くと、今まで痛んだことがなかった傷が私の中で悲鳴をあげた。ずきずきと全身が痛む。少しだけ腫れた頬が熱を帯びて痛みを倍増させる。

密着させていた身体をそっと離して、奴の顔を見た。
そこには今まで見たことのない表情の越前がいて、私の頬をそっと撫でた。

それを合図に私の瞳からほろりと涙が伝い、越前の指を濡らす。
ああ、私は何て愚かだったんだろう。

ざわめく狭い廊下で私は瞬きを忘れるほど、彼を見つめた。
私は彼を欲する。やっと、言える。あなたを欲していると。


「うん」


頷き笑う彼に、涙が止まらない私。
何かが解けて、何かが結んだ。
そして、それを確認するかのように、本日二度目のキスをした。




誤認識グレーゾーン


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