色々話

□機関車と月の話
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「ライト君を見ていると昔読んだ絵本を思いだします。」
目に見えてやる気のなかった竜崎がぽつりと言った一言
「どんな話?」
一度も振り返ることをせず、僕も一言だけ返す。
たまにこんなことがある。

膝に押し付けていた頭を、ゆっくりと前にむけた。
「月と機関車の話です。」

僕は目線をパソコンに向けたまま、竜崎の話に耳を傾けていた。

「あるところに若い、作りたての機関車がいました。
その機関車は自尊心が高く、自分より速いものはこの世にはいない
そう思っていました。」
カチャカチャと音を立てながら、僕の手はいまだキーボードの上を動いている

「そんなある日、年老いた機関車にこう言われるのです
『私も若いころそう思っていた時がある、
しかしお前も気をつけたほうがいい、我々にとって毒になる奴がいる』と」

「毒?」
「そうです」
竜崎がうすく笑っていた
たしか竜崎は絵本と言っていた
どこの国の話かは知らないが、はっきりと「毒」と絵本に書いたりするものなのだろうか

「そして老機関車はこうゆうのです。
『月という奴だ。
それは美しく、そしてのろのろしているように見えて、
実は恐ろしく素早い奴なのだ。』
若い機関車は老機関車が話し出したことに聞き入りました。
『今までずいぶん多くの仲間が追いかけてみたけど、
追い越すどころか、追いついたものもいない。
それでいて1度見たら最後、どうしても追いかけずにはいられなくなる。
あいつの正体はきっと悪魔にちがいないのだ。』」

「・・・」

話に聞き入ったというわけでもないのに、
僕の手はいつの間にか止まっていた。

「・・・少し休憩しますか?」

ころあいを見計らったように(たぶん見計らったんだろうけど)
ワタリさんが紅茶を運んできた。

「わかった、少し休もう」

止まってしまった手をキーボードから離し
そまま上に上げて大きく伸びをした

「それで?続き教えてよ」

ワタリさんから受け取った紅茶を一口飲む
ワタリさんが淹れる紅茶は、今までに飲んできた紅茶の中で一番おいしい

「分かりました。」

こちらを向かないまま竜崎はまた話はじめた

「老機関車の忠告を受けた若い機関車は、礼をいい、そして想像しました。」
「想像?」
「そう、
今まで誰も勝つことのできなかった美しい魔物を、打ち負かすことができるのは自分だけ。
そして誰も彼をも追いこして、最後にその美しい月とただ2人だけで広い広い広野をただまっすぐと走ってゆく・・・そんな想像を」

ポチャン、ポチャンと紅茶に砂糖を入れる音が響いた

「幾日かしてその若い機関車は月を初めて自分で目にしました
その美しさに機関車は喜びの声をあげます
『おお、あなたが月か!なんと美しい!』
そして無謀にも勝負を挑みます
『美しい悪魔、私はあなたに勝ってみせる』
月は美しく笑って機関車の後に続きました」

いつのまにか話に聞き入ってしまっている自分の頭に
その光景が浮かんでくる
美しく、楽しそうで、孤独な光景
 
「やがて停車場に着いた機関車は、空を見上げてうれしそうに笑いました
『あなたは僕を待っていて下さるのですね。
ありがとう。
あなたは僕らの仲間が思っているほどわるいかたではない。
ね、そうでしょう。
さあまもなくはじめますよ。
僕がいきよいよく走り出したなら、あなただってきっとびっくりする。
そしてすぐに僕にわびるにちがいない。
ゆるしてあげますとも、うつくしいあなた。
僕はあなたに僕の心のうちの情熱を、火の粉と一緒にふきつけよう。
するとあなたの顔からその冷たい光が消えうせて、あなたは美しい炎となって燃え上がる。
ふたりはそれからあるゆるものを追い越して、遠い遠い地のはてにふたりきりの旅を続けるのだ。いさましく…」

少し黙ったあと、竜崎がフッと笑った

「・・・それで?2人はいさましく旅を続けたの?」
「いえ」

ワタリさんがいれてくれた紅茶をゆっくりと口にうつす。
その光景をぼんやりと眺めている。

なぜだろう・・・今この瞬間、目の前の青年が今にも泣き出してしまいそうに見える。

そしてまたゆっくりと話はじめた

「少しの休息の後、機関車は走り始めます。懇親の力をこめて。
ですがどんなに自分の力をふりしぼっても、月はゆっくりと美しく微笑みながらぴったりと自分についてくる。
だんだんと機関車はあせりはじめます。
『こんなしっぽがなければ、あなたなど一息に追い越してみせるのに』
そうつぶやいても、月は美しく笑ったまま。
機関車は胸がはりさけるように苦しくなりました。
あの美しいものに打ち勝つだけの力が、自分のなかにはないのかと思ったからです。」



「やがて来たのは険しい山坂。機関車はあえぎながらのぼります。
月は身をもがきながらはいのぼる機関車を、冷然と見下ろして、かるがると空をわたってゆきます。
機関車はそのときほど、自分ののろさ、みにくさ、不器用さにはらがたったことはありませんでした。
機関車はかっとなってすべての力をふるっておどりあがりました。
そこはもう坂の絶頂です。機関車は恥と怒りにもえて、気がくるったようにふもとにむかってとび下りました。
激しい動揺とともに1つのカーブをまがったとたん、目の下に、ぱっと明るい水面がひらけました。そのなかに月が輝きながら落ちている。
機関車は月めがけて、まっしぐらに身をおどらせました。」



「夜が明けて
大勢の人が水に落ちた列車のまわりにあつまっていました。
『ここはよく脱線するところだ』ひとりがいいました。
『そうだ、それが不思議と月のある晩に限っている』
西の空を見ると、白くなった月がわずかに山にかかっていました。」

「・・・」

「月に魅せられた機関車はたくさんいた。
それでも一度も月は振り向いてはくれなかったんです。」

孤独に必死に耐えている小さな子供のように


「・・・私も魅せられた一人なのでしょうね・・・」



小さな呟きが部屋に響いた









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昔のファイル開いてたら書きかけのを発見したので
仕上げてアップしてみました

時期は、手錠生活ころです


昔読んだ童話を参考(ってかそのまま使わ)させて貰いました

も〜この話、小学校低学年向けでマジにあるんですが
当時の私には全然理解できない話でしたわ

なんか哀愁漂う話

思い出して、なんてLとライトにぴったりな話だろうと
書いてみましたが

書きながらこっちが哀愁(涙)

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