色々話

□雨脚の音
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百介の部屋である離れに上がると、すぐに乾いた手ぬぐいを渡してくれた。
―――すいやせん―――そう言って行者包みを外し、顔と頭を拭った

「これも使って下さい」

そう言って渡してきたのは一枚の着物で、たぶん百介の物なのだろう

「そこまでご迷惑かけられやせん」
「駄目ですよ、風邪をひいてしまいます。」
「奴のようなものにそんな上等な着物をお渡しになっちゃぁいけやせん」
「遠慮されるような上等なものでもありません、それに」
―――私の部屋なのですから、私に従ってもらいます―――

それを聞くと少し止まって、くっと笑い出した
百介も少し笑った

「小股潜りを黙らせるたぁ、先生もやりますね」
「知らない仲でもありませんからね」

二人は向かい合ってくすくすと笑った

「それじゃぁお言葉に甘えますかねぇ」

そう言うと又市は白の僧衣を脱ぎ始めた
百介はそれを見て慌てて目を逸らせると、少し顔を赤らめた
ただ寒いだろうと思って着物を渡したのだが―――少し軽率だっただろうか

「先生、別に目を逸らせる事ァねんじゃありやせんか」

機嫌のよさそうな又市の声が聞こえる

―――知らねぇ仲でもありやせんし―――

その言葉を聞いてさらに顔が赤くなるのが解った

「わ、私はお茶を入れて来ます」

急いで立ち上がると、そそくさと部屋から離れた
暗い廊下を歩きながら―――ふぅ―――とため息をついた
どうもこの感覚に慣れない
又市が傍にいてくれるのが嬉しい
話していると楽しいし、胸が暖かくなる
これが恋をしている気持ちなのだろうと、己であろうとも解る
でも―――
その、夜の事となると―――どうしても気恥ずかしくて堪らなくなる
何度肌を合わせても、いざそうゆう雰囲気になると緊張して、何も考えられなくなってしまう
気持ちが爆発してしまうような、そんな気がして
逃げたくなってしまう―――とゆうより逃げた事も多々ある

「――このままじゃ呆れられる――」

急須と茶筒、湯のみを二つ盆にのせると、また離れに続く道を歩いた
襖を開けると、そこにすっかり着替えた又市がいた
――お借りしやした――
そう言う又市に――否――とだけ答え、少しホッとした
「それで、今日の仕事はどういったものだったのですか」
急須に熱い湯を注ぎながら話を切り出すと――ああ――と言って又市が語り始めた

「ちィとばかり離れたところなんですが、幾つかの村が集まった集落がありやしてね
そこで夜毎天狗が暴れまわるってんでェ話で」
「天狗がですか」
「なんでも昔その辺りじゃぁ性質の悪ぃ天狗様がいらっしゃったそうでさァ
あんまりに村々に悪さするってんでぇ、村の連中がえれぇ陰陽様に退治をお願いした
その陰陽様も了承なされて、三日三晩争われて四日目の朝ついに天狗をしとめなさった
だが、陰陽様の方も随分ご苦労されたようで、周りに散った天狗の残骸を祭るよう言い残してお亡くなりになったそうです。
そこで村の連中が飛び散った天狗の残骸を、村々で祭り、陰陽様の塚も建て手厚くご供養されたそうでさァ」
「その話は聞いた事がありません・・・どこの話なんですか」


怪談と言えるような話を聞きだすやいなや、急須に茶をいれたまま出すことも忘れ、やや前のめりになりながら又市の話に聞き入った
それを見て少し苦笑すると、又市はすっと百介の傍に寄った
――お茶を、頂いてもよろしいですかィ――
慌てて茶を入れると、――これはすいません――とだけ応え茶を又市に渡した

「急かしちまってすいやせん」
笑いながらそう言うと、百介は少し赤くなりながら――いえ――と言って目を泳がせた
茶を出すことも忘れて夢中になってしまった自分が恥ずかしい
それもあるが、又市が近寄って来たことに少し緊張してしまった自分が、それ以上に恥ずかしかった
呆れられると己で解っているのに、どうしても構えてしまう
ちらりと又市に目をやると、自分の服であるに係わらず、又市によく似合っていた
自分がまだ商いを手伝っていた時の着古しではあるが、家の者がよく管理していてくれたのだろう古びた風には見えない
借り物であるからなのか、又市もある程度着こなしているが胸元が大きくはたけていた
それがなにやら色っぽく見えて、余計にどぎまぎとしてしまう

「どうしやした、先生」
「い、いえ。それで、なんできちんとお祀りされた天狗が暴れ回ってるんですか」
「ああ、それがその陰陽様の塚が何者かに壊されたそうで
それで奴が呼ばれたんでさァ」
「天狗が本当に暴れてたんですか」

そう聞くと又市はなんとも言いがたい表情をし

「――ええ、悲しい天狗が――」

少し寂しそうに笑った



「又市さん・・・?」
「それで、不浄なる天狗を清めの炎で炊き上げる事になりやしてね
散々にある天狗のものを集めて全部燃やそうって時に、ふと先生が好きそうだなァと思いやして
一つ頂いてきやした」
「え、ちょ又市さん――大丈夫なんですか」
「大丈夫ですよ。村の連中も全部燃やしたと思ってやすし、代わりにありがてぇ陀羅尼の札を張ってきやしたから」

又市はにやにやと笑うと、茶を一気に飲み干した

「それで先生に早く渡したくてそのまま向かったんですが、如何せんこの雨でやしょう
ちょいと遅くなっちまいやして、起きてるかどうかってとこだったんですが――先生は何か調べものでも」
「ああ、昔の記録で気になるところがあったので調べてたんですが、つい刻を忘れてしまって」
――お恥ずかしい――
そう言うと又市は笑って――先生らしいですよ――と言った

「ありがたく頂戴致します。でもそれでしたら明日でもよろしかったのに」
「建前でやすよ」
「建前?」
「先生に会いたかったんです」

そう言うと百介の腕を取って、強引に引き寄せた

「ま、又市さん――」
「厭ですかい」
「い、厭という訳では――」
「――奴は、雨音を聞いてると――」
「聞いてると?」
「――人が恋しくなりやす、まるで自分だけが取り残されているような――」
「――又市さん――」

又市の顔を見ると、子供のような寂しそうな笑顔があった


「――だったら、雨が降ったらここに来て下さい」
「先生――」
「私がここであなたを待ってます」

そう言うと百介から口唇を寄せた

「間違って他のところに行ってはいけませんよ」

少しあっけに取られた又市は、少しすると笑って

――奴の太陽は百介さんだけですよ――


そう言うとゆっくりと二つの影が重なっていった












―――――――――――――

甘!!!!
…やぁでも又百は甘くてなんぼか
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