□さ く ら
3ページ/3ページ




もそり、とそれまで人形のように動かなかった沖田君が身じろぎ、立ち上がる。

そしてやはりもそもそと袷や髪を直すと、


「俺ぁ、もう帰りまさぁ」


と俺に背を向けた。

そのまま消えてしまいそうで、そんな心配をするほどはかなくて、やっと手に入れたはずのものが、指の間から水のように逃げてしまいそうで、無意識のうちに手を伸ばした。



襖を閉める直前、沖田君は手を伸ばしたまま何も出来ずにいる俺を見下ろしながら、


「俺ぁ、人の命を喰ってんでさぁ、旦那。あんたも早く逃げな。終いに、俺に喰われちまうよ」


そう言って去っていった。



後に残された俺は、恐怖のため背中の毛がぞわりとうごめいたけれども、その心はとうに沖田君に蝕まれていて――――――――――――








そうか、と未だ夢の中にいるようなぼうっとした頭で思った。




――――――――俺ぁ、もう、あいつに喰われてるんだ。






―――――――――逃げられない。



(―――――――――――ニガサナイ。)


―完―


 
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ