04/27の日記

10:33
本当は
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高杉さんも、武力倒幕派なんだろうな。

奇兵隊を作ったくらいの人だから。。。


武市さんが生きていたら。。。
どうかな。
変わらず、よーどーさんに忠誠を尽くしていたなら、龍馬さんチームだろうな。
でも、
このよーどーさんが知らない所で、武力倒幕が土佐藩士の間で広まっていたらしいから。。。
後藤さんも、のちのちは、武力倒幕派へ傾いていたみたいだし。。。


こう見ると、土佐が、長州や薩摩に劣るのがわかる。。。
よーどーさん故かもしれないけれど、
この藩を、何かの思想で一色にはできなかっただろうなと思ってしまう。。。


とりあえず、
長編の中では、娘さんと出会った故に、中立な高杉さん。
という位置で、進めようと想います

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01:59
はぁ
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いやはや
まったく
長編を描いてる最中に、強烈な話を読んでしまい
何やら難しい方へ


ちなみに。
大政奉還を望んでいたのは、ごくわずかな人達だったんじゃないかと。
土佐と薩摩が盟約を結んだのは、武力による倒幕。
つまり、戦争を起こそうとしていた。
現に、鳥羽伏見の戦いは起こってしまったわけで。。。

結局、血が流れてしまった。

その後の歴史も、それ以前の歴史も、世が変わる為には、血が流れないと人間は変われないのかな。。。



慎ちゃん率いる陸援隊も、慎ちゃん自身も、武力倒幕派で、後藤さんやらに、斬り掛かりそうになったとか?
龍馬さんの説得で、考えを改めはじめていたとか?

とにかく。
龍馬さんは、誰も信じれない状態だったのかな?
だから、暗殺される当日も、色々な人達を訪ねていて、皆の意見を確認していたのかな?
色々な事を知れば知るほど、龍馬さんの孤独感のようなモノを感じ、
周りは、みな龍馬さんが暗殺される日も知っていたんじゃないか?
そう感じてしまう。

土佐と薩摩が武力を推していたなら、龍馬さんが、どちらの藩邸にも身を寄せなかった理由もわかる。


結局、現代になっても、日本人同士の争いは絶えない。
討論ではなく、人を蹴落とそうという態度は、血は流れずとも、心の血は流れているはず。。。


武士とは死ぬことと云々かんぬんと、武士道が見なおされてから、目にする事が多くなったけれど、死ぬことの意味が違う。
死ぬことというのは、イコールこの世での鍛練が終わるということで。
自分に必要な、気づかなければいけない大切な事。
それを見つけ終えた。
堂々と死を迎えれる。
それが、志をもった者の死だと想う。

誰かの犠牲になる事や、自分を傷つけての訴えは、違うと想う。

それが無くならない限りは、争いも無くならない。


あぁ、ますます脳内がややこしくなってきました



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