04/05の日記

22:35
再び以蔵さんの事
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以蔵さん。
武市さんのモトを出ていく前に、江戸で龍馬さんと会ってた。
この頃の龍馬さんは、勝先生に出会う前だから、尊王攘夷ながら、大政奉還に興味を持っていたみたいだ。

誰も傷つかず。。。
そんな想いがあったとするなら、東洋さんを暗殺した武市さんに、何か訴えたりしたのだろうか。

武市さんは、脱藩した龍馬に何か説いたのだろうか。


この頃は、チカラというよりは、討論が必要とされていた時期だというので、以蔵さんは、自分が必要とされないと感じていただろうか。


今、世にある以蔵さん像は、後の世に書かれたモノだ。

武市さんが以蔵さんを可愛がっていたのは、そうなのかもしれない。
けれど。
以蔵さんにとって、武市さんは師であったとは想うけれど、武市の犬と言われるほど、忠実だったのかな。

他の勤王党のメンバーの方が、もっともっと、忠実だったんじゃないかな。


もし、以蔵さんが、
この時、龍馬さんから、外国の持っているチカラの事を聞いて何か感じたとしたら、

もしかしたら、
それを知りたいと興味をもったとしたら。

その後、高杉さんを訪ねたり、龍馬さんと行動を共にしたのもわかる気がする。

池内大学暗殺の主犯だったから、身の危険を感じて。
という説もあるらしいけど、
以蔵さんは、時期的に、池内大学を暗殺できないらしい。



以蔵さんが、本当に求めていた事は何なのかな。
武市さんのように、藩を統一して、幕府を倒すというような、大きな考えではなく。
ただ、下士が上士にゴミのように扱われる、自分の状況を何とかしたかったんじゃないかな。

まぁ、みな、今に不満があるから変化を求めるのは同じだろうけど。

だから、天誅は、ある意味下剋上的な感覚を与えていたんじゃないかな。。。
あるいは、強いモノが生き残るという実力で権力を潰すというか。。。


だから、下士という立場から見た世の中への想いは、
高杉さんや武市さんよりは、龍馬さんの方が考え方は近いモノがあったのかなと想う。

まあ、史実をとっぱらって考えた、私の妄想にすぎないですけど


真実は、以蔵さんにしかわからないですものね。。。




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