小説

□雨降る庭で…
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ただ雨に打たれて
そこに在り
ただ雨はそれをつたい流れ
地に染みてゆく

雨が冷たいなど
文句はいわず
雨が鬱陶しいなど
拭ったりせず


周り全てを受け止め、それを受け入れ
何故そのように、ただ立っていられるのか……



降り続く雨にうんざりしながら、
何か面白い事はないかと
縁側に腰かけ、
庭の木を眺めていた。

この雨が続く日々が終われば、
暑く太陽が照りつける日々が訪れる。

それでも、あの木はあの場所に立ち続けるのだな…

「厄介なものだな…」

心というものは、目の前の現実よりも、都合の良い夢を見る。


いつ斬られ
いつ血を流し
地を赤く染め
立つ事もできず
倒れてしまうかもしれないその時。


私は、
あの木のように、
無である事はできぬ。

無様に生きたいと願い
斬った相手を憎み
せめてと相手を傷つけるかもしれぬ。


何も考えず
ただ在るがままではいられぬ。
そして
少しでも幸せを想うのだ。


「あれ?
大久保さん?
こんな所で何してるんですか?」

声を掛けられ我に返る。

「小娘か……何故お前がここにいる?」

今日は、会合でも何でもないはず。

「雨で皆退屈してるだろうからって、これを龍馬さんが…」

小娘が差し出した包みを受け取り中を見る……

まったく。
土佐者の考えそうな事だ。

「あぁー!やっぱり無反応だぁ…高杉さんなんて、大爆笑だったのに…」

……あの破天荒な男よりも、桂くんの苦労の方が目に見える。

「大久保さんも、笑ってくれたらな…って思ったんだけどな……」

少し頬をふくらませ、小娘が、がっくり肩を落とす。

「私が、高杉くんのように、笑うのを想像したか?」

そう問うと、
「どうせ、くだらないとか思ったんですよね」
と小娘はますます頬をふくらませた。

相変わらず、くるくる変わる表情だな…。
庭を見るより、包みの中の色とりどりの飴玉より、
こちらを見ている方が、数段、面白い。


「包みの飴玉をつまみ食いした子供のようだな…」

膨らんだ頬を、そっと指でつつくと、今度は真っ赤になって、慌てる。

「なっ
せっかく、喜んで貰おうと思って持ってきたのに
つまらないです!!」


……今度は、怒るのだな……。

ムキになればなるほど、小娘が可愛いくて仕方がなくなるのを、まるで気づいていない。

そんな所が、また面白くて仕方ないのだが…。


「つまらぬか……。
では、私は雨と同じ存在だな…」


本来、そんな事は気にもならぬ。
人からつまらぬ男と思われようが、自分のやるべき事をやるのみ。

どう思われようが構わぬ。それなのに……

「すみません…。そんなつもりじゃなくて…」

今度は、必死に弁解を始める。

「大久保さん、さっきは何だか淋しそうでしたし…大久保さんは、いつも刺があって厭味だけど、本当に嫌な人なら、龍馬さんも飴を持っていけなんて言わないだろうし、高杉さんも、薩摩藩邸へ行くって行ったら、それなら仕方ないなって我が儘言わずに帰してくれたし………………」

「もうよい

相変わらず、まとまりのない話をする奴だ

「でも…」

「私はつまらぬ男で構わん」

そこに問題はない。

「つまらないのは大久保さんじゃなくて……」

また、まとまりのない弁解が始まりそうで、

「では、私は小娘にとって、どんな男か?」

わざと、小娘を黙らせる問いを投げ掛けた。

「それは………」

案の定、小娘は下を向いて黙ってしまう。


「面白い男と注目されれば、それなりに面倒だ…それならつまらぬ男でよい」

自分を知ってくれる人は、何もせずとも、そのままの自分を認めてくれる。

「さぁ、
くだらぬ余興は終いだ。
私の事を理解しているなら、私の好みの茶を入れてこい!!」


そう言えば、今度は急に笑顔になって、
「はい!激渋ですね!!」
と、廊下を走っていく。



まったく…
嵐のような小娘だ……。

あのような雨風では、
ますます、
無でただ立っている事などできんな……



まぁ。
つまらぬ時間は、
吹き飛ばしてくれたか……


私は、もう一度、雨降る庭に目をやり、
ただ先程とは打って変わり、心は晴れやかに、小娘の入れた茶を待っていた。



end

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