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□酷い男
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【土方編】

「お妙さーん」

酔っ払った近藤さんが、玄関で寝ていた。捨て置いておけばいいと思ったにも関わらず、結局引きずって部屋まで運んだ。その上布団まで敷いてやっている自分に、まるで世話女房気取りだと自嘲しかけていたときだった。
近藤さんが、あの女の名を呼ぶ。

いま、一番近藤さんのそばにいて、一番近藤さんのために動いているのは俺なのに。
それでも愛しそうに呼ぶのは、いつもいつもその名ばかりだ。冷たい氷を飲み込んだように、胸が一瞬にして冷える。

「お妙お妙うるせーんだよ。呼んだってここにはあの女はいねーぞ」

どうせ寝てるんだ、聞こえやしない。近藤さんをぞんざいに引きずって布団に移動させながら、いつになく冷たい声でつぶやいた。いつもであれば、万が一にも嫉妬ととられることのないよう、細心の注意を払っているというのに。

近藤さんを布団に転がし、息をつく。近藤さんは目を閉じたままだ。

「なあ、寝てるときまであの女のことばっかなのかよ、あんたは」

思わず口をついた自分の言葉の女々しさに、やりきれなくなって目を閉じた。知らず、ため息が出る。


「馬鹿だなあトシ、俺の一番近くにいるのは、おめえだよ」

はっきりとした声に、ぎょっとして目を開ける。
さっきまで酔っ払って眠っていたはずなのに、俺を見る目には理性が戻っていた。

聞かれていたのか?いや、聞かれてまずいようなことを言ってはいないはずだ。
なのに疚しい心を抱える俺は、ぎくりとして動けない。
そんな俺を、愛おしむよな目で見つめ、近藤さんは手を伸ばす。
俺は動けない。

「トシ、いつもありがとな」

俺の顔に手をあてた近藤さんがささやいた。

「礼なんざいいから、もう面倒かけねえでくれよ」

必死の制御もむなしく、俺の声は上ずる。頬に当てられた手をつかんで布団に入れ、立ち上がった。これ以上ここにいるのは危険だ。
急激に上昇した体温を感じる。胸の氷は、いつの間にか解けていた。

部屋を辞し、足音荒く自室へ戻る。あんた、本当に酷い男だ。こうやって俺を、いつまで縛れば気が済むんだ。
己自身の執着と女々しさの責任を、心中、近藤さんになすりつける。
今夜は俺も、酔いつぶれてしまおうか。

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