勿忘草の心3

□6.無知
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それはきっと、ツナくんと同じ理由。
「…………ごめん。オレ、……オレ、サイテーなことした」
ベルくんは俯く。
「10年前イタリアで七花と過ごした時さ。最初はほんとに、姉貴ってのがいたらこんなかなって思った」
「……うん」
「…………でも、謹慎中ずっとずっと七花のことが頭から離れなくて、会いたくて、触れたくて、もっと七花のこと知りたくて。…………でもさ、…………なんで沢田綱吉が七花に告んないのかわかんなくて、…………マーモンに頼んで、調べてもらったんだ」
「……うん」
私は静かに相槌を打つ。
「…………マーモンのことは、責めないでやって。誰にも言わねーって約束した。知ってるのはヴァリアーじゃオレとマーモンだけだ。沢田綱吉が誰かに話したわけじゃない。……オレが、勝手に…………っ!」
ベルくんが言葉に詰まった。今にも泣き出しそうな声に、私は彼をそっと抱きしめる。
「…………謝らないで。ベルくんは悪くない。悪いのは…………私だよ」
「っ! 違ぇーよ!」
不意にベルくんは、私の手を振り払った。
「あんなことあったって知ったら…………っ、言えるわけねーじゃんか……っ!! 好きだなんて、言えるわけねーじゃん…………っ!!」
「ベルく、」
「沢田綱吉が言ってた言葉の意味、オレ、初めて知ったんだよ! 『オレはまだ告白してないけどしばらくしないつもりだ、一度に大勢の気持ちを預けられても七花は困ると思うから』…………そんなの、あいつがヘタレだからだと思ってた!! でも……っ! 七花が死ぬくらいなら、オレだって一生言えなくてもよかった!! 一生弟でもよかった!!」
激情が、静かな部屋を揺らした。あまりの気迫に私は言葉を失う。
ベルくんは、はっとしたように「ごめん」と呟き、息を吐いて小さく続けた。
「…………ちゃんと、七花にバレないようにしてたよ。キスしたくても、夜だけにした。押し倒したくても、抱きしめるだけで我慢した。…………笑えるよな。オレにできることなんて、精々姉弟ごっこくらいなんだから」
ベルくんの、表情の見えない前髪の奥の瞳は今、どんな色をしているんだろう。
「辛ぇよ…………好きな人に愛してるって言えねーのは、辛ぇよ……。でも……七花がいてくれるなら、それでいい。…………七花がいてくれるなら、生きててくれんなら、それでいい。……………………七花の過去、勝手に覗くような真似して…………ほんとにごめんな」
涙なんて、見えない。ベルくんは泣いてなんかいない。
でも、見えない涙が流れている気がした。
もしかしたらそれは、私の視界が滲んでいるせいなのかもしれないけれど。
「…………やっぱ、言ったら泣かせる、よな…………」
「…………っ、違う、違うのベルくん」
私の過去を知られたから辛いんじゃない。
許可なく踏み込まれたから悲しいんじゃない。
私は、…………私は。
「ごめん…………ベルくん、ごめんね……っ! そんなに長い間、“言わせてあげられなくて”ごめんね…………っ!!」
「……!」
言えるわけがない、なんて思わせてごめん。
本当に弱くてごめん。
ずっと守られていたことに気付けなくて、ごめん。
「でもね、…………っ私、もう、あの頃のままじゃないよ! 強くはなれてないし、強くなりたい…………でも、あの頃よりはほんの少しだけ、強くなったよ…………!」
ずっと守られていた。
ずっと辛い思いをさせてしまった。
私は涙を拭って、ベルくんの手を握る。
「もう、大丈夫。ベルくん、…………ベルくんは、どうしたいか教えて?」
「オレ、は……………………」
「……うん」
……長い沈黙が流れた。
ベルくんは何度も口を開いては閉じ、躊躇ってはかぶりをふった。
私よりも冷たいけれど、私よりも大きな手。その手をただ握ることしかできないけれど、私の体温が僅かでも彼に届けばいいと思った。
「ベルくんは…………姉弟のままがいい? それは、嫌? どうしたい? 私は…………ベルくんの気持ちを尊重したい」
「オレは…………っ」
「うん」
私はどんな答えをもらっても、大丈夫だから。今度は私に君を守らせて。
「っオレは……っ!」
ベルくんが意を決したように顔を上げた。
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