勿忘草の心3

□3.彼方
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あなたに伝えたい。
言葉で表しきれないくらいの、感謝と好きの気持ち。
「あれからイタリアでヴァリアーのみんなと会ったり、骸くんと知り合いになったり、いろんなことがあったよね。高校生の隼人くんたちとはしゃいだ時、成人した時、今度は隼人くんたちが成人した時。全部、思い出せるよ」
私の記憶にはそれら全てに隼人くんがいた。
そのことに、終わりを感じて初めて気付いたの。
「ぶっきらぼうに、いきなりキスしていいかって聞く、隼人くんがすき。私の絵を欲しがってくれる隼人くんがすき。ミントキャンディの香りがする隼人くんが、すき。ツナくんと武くんと笑い合う、隼人くんがすき」
あなたのおかげで私は少しだけ強くなれた。
何も返せていないことが悔しいけれど、これからもし何かできることがあるならいくらでもお返ししたい。
「……今まで、ほんとにほんとにありがとう。私が一人で立てるよう見守ってくれて、ありがとう。もう、私にできることなんて何もないかもしれないけど…………」
友達じゃなくなる、ってこんな感覚なのかな。なんて、私を俯瞰する私が取り留めもなく考えていた。
今まですぐ近くにいてくれた存在が、いなくなってしまう。それも、今、この瞬間から。
大人になってから疎遠になった同級生なんていっぱいいる。みんな自分の道を歩いていて、結果的に連絡する頻度も減って。そういった別れなら何度も経験がある。
ただ、こんな風にけじめをつけてさよならするのは初めてだ。
……なんだろう。うまく言えないけれど、寂しさというよりも空虚感に近い。
「……でも、そうだよね。私も、慣れていかなきゃいけないもんね」
みんながだいすきだから、みんなの進む道を応援したい。
「隼人くん。ずっとずっと、だいすきだよ。今まで本当にありが、」

私の言葉が終わる前にドアが開いて。

「あれ、隼人く…………!?」

表情の見えない隼人くんが出てきて。

「どうし、」

――――それ以上、私が言葉を紡ぐことはできなかった。


*****


目の前の小さな存在を掻き抱く。
思考は働きを放棄して、全神経がたった一人を欲して引き攣った。
「隼人く、…………っ!」
許可なんて取ってられねぇ。
理性は匙を投げた。
オレは自分の中にこんな熱情があったことに驚きつつ、七花をベッドに押し倒してキスの嵐を降らせていた。
少しでも素肌に触れたくて、気付いたら七花のブラウスのボタンを外していた。
柔らかい髪を掻き乱し、こめかみに、耳に、頬に、首筋に、触れては指を滑らせる。
悲鳴が上がっているような気がした。それも全部唇の中に飲み込んだ。
舌を吸って、唾液全部を飲み干した。
まだ、足りない。
七花の口内全てになりたくて、オレとの間にある空気すら追い出したかった。

『ぶっきらぼうに、いきなりキスしていいかって聞く、隼人くんがすき。私の絵を欲しがってくれる隼人くんがすき。ミントキャンディの香りがする隼人くんが、すき』

あと、何だっけか。駄目だ、もう記憶にねぇ。
気持ちが良すぎて、それでも衝動が止まらなくて、体温が何度になっているのか想像することさえできない。

『私が一人で立てるよう見守ってくれて、ありがとう。もう、私にできることなんて何もないかもしれないけど…………』

何わけわかんねぇこと言ってんだ。
むしろオレは、お前が一人で立てないことを望んでる。
オレを必要としてくれることを望んでる。
汗ばんだシャツが気持ち悪い。
くそ、なんでこんな時にオレは風邪なんて引いてるんだよ。
そう思いながら、元々はだけていたシャツを脱ぎ捨てた。
何処からか聞こえた甲高い悲鳴を封じて、小さな唇に噛み付く。
もう今だけでいいから、夢を見させてくれ。
どうせ夢なんだろ。
七花が此処に来るわけがない。連絡しようにも高熱にうなされていてどうすることもできなかった。
『何があっても期間の延長、変更は認めねーからな』
リボーンさんの言葉が今回だけは恨めしかった。
ああくそ、他のヤツらは七花といちゃつけるってのに、オレは独りで引きこもりかよ。
とりあえずいつものように首筋に唇を寄せたところで、初めて違和感に気付く。
ロケットペンダント?
あいつの?
夢にはいつもオレに都合のいい七花しか出てこないから、桜庭亮斗のペンダントなんてないはずだ。
それにこのしょっぱい水滴は何だ?
涙……?
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