勿忘草の心2

□6.夜宴
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いつの間にかベルまでが壇上に上ってきて、オレからマイクを奪い取る。流暢なイタリア語が、マイクを通して広間に響き渡った。
「こんなへなちょこもカス鮫も、七花には釣り合わねーっての。ほんとの七花の恋人は、オレだから」
「ちょっ……ベル、離せぇ!」
「うっせーよカス鮫。一人抜け駆けなんて認めねーかんな!」
「スクアーロもベルフェゴールも、ちょっと待て! オレのスピーチがまだ終わってねーだろ!!」
「てめーの嘘っぱちスピーチなんて、もういらねーだろぉ!!」
さながら壇上は、マイクを奪い合う男三人の修羅場と化していた。
しかしオレたちは、イタリア語を理解できない七花のことを忘れていた。
「……あ、七花」
ベルの一言で、はっとしたオレたちが七花に目を向けた時には、彼女はもう人の波に飲まれていた。
オレたちが言い争っていることで、跳ね馬が七花の恋人でないことが客にバレたのだ。
今の七花は、“金持ちの青年実業家と知り合いの、神秘的な東洋人美女”。
お近づきになろうと、男女問わず人波がどっと押し寄せる。
ルッスーリアが必死に庇っているが、四方から囲まれてしまっては、さすがのヴァリアークオリティでもカバーしきれない。
それにここにいるのは一般人だ。まさか武器など出すわけにもいかない。
遠目にも、七花が困惑しているのがわかる。どうせ壇上まで来るなら、七花本人も連れて来るべきだった。
オレがそう後悔した、まさにその時だった。

「クフフフフ。あなたが噂の鑢七花さんですか」

聞き覚えのある声と、癖のある紳士的な口調。
気付けば、緋色と蒼の瞳を持つその男が、知らぬうちに七花の隣に立っていた。いきなり現れた謎の男に周囲は驚き、一瞬七花の周りから人が退く。
刹那、男――六道骸は、七花の手をとって走り出した。
「あれは……っ!」
跳ね馬が呆然としている間にも、オレとベルは二人を追いかけようとした。しかし人だかりが邪魔をして、すぐに見失ってしまう。
「……ちっ。しょうがねぇ。ベルは南、跳ね馬は東、オレは西から七花をさがす。見つけ次第、」
「ししっ、見つけたもん勝ちってことで! 待ってろよ七花ー!」
オレの言葉が終わる前に、ベルは広間を飛び出した。
止める間もなく、跳ね馬までもが壇から飛び下り、オレにひらひら手を振って駆け出す。
「仕切ってもらって悪いが、スクアーロ。七花と踊るのはオレだ! じゃあなっ!」
一人壇上に残されたオレは、とりあえずこの不条理にマイクをへし折った。怒りに震える拳を握りしめ、叫んで飛び下りる。
「う゛お゛ぉい!! てめーら待ちやがれぇ!!」
こうしてオレたちは、七花を見つけるため、そして七花と踊る権利を手にするため、奔走することになったのだった。

*****

一人仮面をつけていない男の人に手を引かれ、私は広間を駆け抜けて廊下を突っ切り、バルコニーらしき所まで来ていた。
「……いきなり走り出してしまってすみません。困っていたようなので、どこかに隠れた方がいいかと思いまして」
バルコニーの隅で、藍色の髪の人は跪いた。流れるように自然な動作で手の甲に口づけられ、私の方がぺこぺこしてしまう。
「いえ、あの、……助かりました。連れ出して下さってありがとうございます」
あのままあの場所にいたら、どうなっていたのやら。想像するのも恐ろしい。
スっくんもベルくんも、ディーノさんと一緒になって私を放ったらかして、イタリア語でケンカし始めるし。周りの人も、何を言ってるのかわからないのに一斉に話しかけてくるし。
ルッスーリアさんごと押し潰されそうなあの勢いは、本当に怖かったのだ。
そこに現れたのが、この男の人だった。
いつの間に私の横にいたのかはわからないけれど、仮面をつけていないところを見ると、招待客ではないらしい。それによく見ると、男の人というよりは少年に近い年頃に見えた。
先刻までそう感じなかったのは、しなやかで大きなてのひらと、紳士的な仕草が原因だと思う。
空はもう暗く、群青色の私のドレスはうまく闇に紛れていた。
「クフフ。寒くはないですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
風が髪を揺らしていくけれど、それはむしろ心地良い。走って上がった体温が、少しずつ下がっていく。
私は、三叉槍を持った少年に小声で問いかけた。
「……あの、どうして私のことを助けてくれたんですか?」
すると彼は、不思議な笑い方と共に私の瞳をのぞきこんだ。
「あなたに興味があったからですよ、鑢七花さん」
「どうして、私の名前……」
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