勿忘草の心2

□4.前夜
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「ざけんなぁあ!! なんで明日の舞踏会、てめーが七花のパートナーなんだぁ!!」
「そうだぜ跳ね馬。姫をエスコートすんのは王子って、相場は決まってんだっつーの」
「ムム。僕も君みたいなへなちょこに七花を任せるのは不安だね」
「んもうーっ! どうして私のエスコート役は誰も申し出てくれないのよー!」
「いや、だから! 一応町内会の主要メンバーでやるパーティーなんだから、そもそもお前らは参加できねーんだって!」
休むことない怒濤の応酬に、私はダイニングの入口で立ちすくんでしまった。そこへちょうどやってきたロマーリオさんが、説明してくれる。
「仕立て屋が来たから、明日のパーティーのことがヴァリアーの連中にバレてな」
「はぁ……。それがバレたからって、どうしてこうなるんですか?」
するとロマーリオさんは、私の顔を見て軽く目を見張った。
「……姫さん、気付いてねーのか?」
「?」
ロマーリオさんが苦笑して、髪をかき上げた。
「こりゃあボスも大変だな」
その台詞の意味を問おうとした刹那、言い争っていた全員がこちらに気付いた。
なんというか、部屋中の人間にじっと見られるとたじろいでしまう。
「え、えっと……」
私がどう切り出そうか迷っているうちに、全員が押しかけてきた。その様子はさながら津波のようで、さすがの私も逃げたくなる。
しかしそんな余裕はなく、まずスっくんががっしり私の肩を掴んだ。
「う゛お゛ぉい七花!! お前は舞踏会のパートナーが、こんなへなちょこ刺青跳ね馬で本っ当にいいのかぁ!?」
「へ、ぇええと、あの、」
いいも何も、ディーノさんがいなければ私は参加することもできない。
しかしスっくんは、そんなことおかまいなし、といった様子で私に迫る。
「やっぱりここは、お前にベタ惚れで未来の恋人かつヴァリアーNo.2のこのオレが、エスコートすべきだよなぁ!」
「ちょ……、スっくん近い、」
鋭い銀色の瞳が私を射抜き、その中に潜む熱っぽい色気が、わずかに鼓動を速めた。
「スっく……」
スっくんの顔が近付いてきて、吐息が唇をかすめる。
「七花……オレを選べぇはぶほげっ!」
危うく二度も唇を奪われるところだった。スっくんの台詞をさえぎるようにして彼を蹴り倒したのは、ししっ、と笑うベルくんだ。
「退けよカス鮫。七花はオレの姫なの。だからオレがエスコートすんだよ」
「ベルくん」
私がほっと胸をなでおろすと、ベルくんはずいっと身を乗り出した。私の両手をきゅっと握って、小首をかしげる。
「……七花、王子とじゃ嫌?」
「あぅ……っ」
このかわいさは反則だと思う。ティアラが落ちそうで落ちないのがすごい。
「七花、王子を選んでよ。そしたら姫と王子で、ぴったりじゃん」
「え……っえっと、その……」
ベルくんがあまりにかわいくて断りきれない私の代わりに、ようやくディーノさんが動いた。私とベルくんの手を離して、間に割って入る。
「あのなぁ。だから、オレが行かなきゃお前ら会場にも入れねーの!」
すぐさまベルくんが口をはさむ。
「じゃあ跳ね馬は付き人ってことで」
「いやいやちょっと待てって、さすがにそれは無理だろ。そもそもこの話は、オレが顔役だから回ってきた話で……」
ディーノさんが一生懸命説明しても、ベルくんはそっぽを向いたままだ。ルッスーリアさんはロマーリオさんを口説き始め、復活したスっくんは懲りずにディーノさんに食い付く。まさに収拾のつかない状況になっていた。
これは私の踏ん張りどころか。
いつの間にか降りてきたマーモンちゃんを抱きしめ、私は唇を開いた。
「あの、」
再び部屋中の視線が私に突き刺さる。居たたまれなさを感じつつも、私はしっかり言い切った。
「あの、皆で行きませんか?」
一瞬沈黙が流れた。負けじと私は続ける。
「ディーノさん、パートナー以外の人を連れて行くのは禁止されてるんですか?」
「い、いや別にそんなことはねーけど……」
若干うろたえるディーノさんを前に、私は両手をぱんっ、と打った。
「こんなに皆さん行きたがってらっしゃるんですから、皆で行きましょうよ。パーティーなんて初めてですけど、きっと大勢の方が楽しいです! ……駄目、ですか……?」
おそるおそる上目づかいで尋ねると、ディーノさんはうっ、と詰まってから、ため息をついた。
「……わかった。わかったよ。全員連れてってやる」
にわかに部屋中が沸き立った。ディーノさんは声を張り上げて釘をさすけれど、ほとんど意味をなしていない。
「ただしっ! 七花がオレのパートナーってのは変えられねーからな!」
「この際七花と一緒にパーティー行けんなら、王子なんでもいーや。あ、でも途中で二人で抜け出すのもいーな。ししっ」
「う゛お゛ぉい!! ベル、抜け駆けすんなぁ!」
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