白薔薇の命

□薔薇は優雅に踊る
2ページ/5ページ

そんなオレの心労など知りもしないスクアーロは、がしがし頭をかいてから口を開いた。
「何の話かはわからねぇが……お前が白薔薇が好きなことだけはよくわかった」
スクアーロは適当に近くの白薔薇を手折ると、月乃の髪に挿した。黒い髪に白い花弁は、一際目立つ。
「似合ってんじゃねぇかぁ」
月乃は驚いたように目を丸くした後、うれしそうに頬を染めて微笑んだ。
「ありがとうございます」
……あれ、なんだこれ。なんだか胸の辺りがもやもやする。
スクアーロが軽く笑ってて、月乃も微笑んでいて、喜ぶところのはずなのに。
「……ディーノさん? 難しい顔して、何かありました?」
「……いや、何でもねーよ」
オレは二人から目をそらすようにして、アーチの方へ顔を向けた。
白薔薇のアーチに四方を囲まれた階段の上に、白いテーブルとガーデンチェアがあった。
「今日の朝食は私の第二の部屋で、と思って、こちらに持ってきてもらったんです」
「準備できております」
いつの間にかオレたちの後ろには、ついさっき見たばかりの執事がいる。
「叶くん、三人分の紅茶をお願いしていい?」
「かしこまりました」
「もうっ……、そんなにかしこまらなくても、ずっと私たち仲良しでしょ?」
どうやら執事は叶という名前らしい。しかもあの月乃がタメ語ということは、相当古くからのつきあいに見えた。
月乃は眉を寄せて、悲しげな眼差しで叶を見る。
「私たち……友達でしょ……?」
しかし彼の方は、一切無表情が崩れることはなかった。
「いいえ。私は月乃お嬢様に仕える身。とてもご友人などには手が届きません」
「…………また、そう言うのね」
「……何度でも」
何やら不穏な空気だ。
オレは暗い雰囲気を吹き飛ばすべく、先陣をきってアーチをくぐった。
そして階段につんのめった。
どべしっ。
「うぅ……」
「……相変わらずだな跳ね馬ぁ。それでキャバッローネは大丈、」
「うわあぁぁああそういやオレ、月乃に聞きたいことがあったんだった!」
何気に気をつかうオレは、先刻からてんてこまいだった。
執事との確執を吹っ切ろうとしたら勢いよくコケて、挙げ句どっか抜けてるスクアーロは、『マフィア関係者だとバレない』という条件を明らかに忘れている。
フォローするオレの身にもなってくれ。
月乃は小首をかしげて、オレをまっすぐ見つめた。
「何ですか?」
「あ、あの叶って執事とはさ、昔からの知り合いなんだろ?」
月乃はローズガーデンチェアにゆっくり座り、オレとスクアーロにも席をうながした。
三人が腰を落ち着けたところで、月乃が口火を切る。
「もともと叶くんは、私が幼い時からの幼なじみでした。時々意地悪だけど、すごく優しくて、私を大事にしてくれてたんです」
月乃の表情が、柔らかいものから少し曇り始める。
「私にとっては、頼れる年上のお兄さんという存在でした。しょっちゅう叶くんの後を追いかけていました。私たちは兄妹のようだと言われるくらい、仲が良かったんです」
月乃はただでさえ白い手に力を込め、言葉をしぼりだす。
「でもいつからか、叶くんは私から離れていきました。ほどなくして、執事の資格を取るために全寮制の学校に入学しました。体の弱い私は学校にも行けず、唯一の友達もなくし、一人花と本ばかり見ていました」
学校に行っていないのなら、友達もいないはずだ。月乃が昨日オレに言った言葉。
『よかったらボディガードとかじゃなくて、お友達になって下さいませんか?』
あれは、本気で友人を求めていたのだ。冗談でもなく、からかいでもなく、ただ話し相手がほしかっただけ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ