白薔薇の命

□薔薇は静かに眠る
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「……」
「……」
「……」
三者三様の沈黙が流れた。
オレは何故転んだかわからなかったものの、とりあえず気まずい空気を払拭すべく、へらりと笑った。
メイドは明らかに、『こんな人に護衛がつとまるのだろうか』といった表情を浮かべている。
そしてベッドの中で上半身を起こし、こちらを見ているひとは――目を丸くしていた。
今年二十歳の、生粋の日本人。少し低めの鼻があどけなさを感じさせる。けれど、小さな桃色の唇は品性を、まっすぐな眼差しは知性を漂わせていた。
この女性が、梓川月乃。オレの、守るべき人。
「……はじめまして、私が梓川月乃です。貴方が私のボディガードをして下さる、ディーノさん?」
訊かれたオレは、体を起こしながらうなずいた。
「あ、あぁ。オレはディーノ、よろしくな!」
「よろしくお願いします」
コケたことにも別段触れず、礼儀正しく頭を下げる。これが教育の賜ってやつなのかもしれない。
月乃から受けた第一印象、それは品がいいご令嬢、だった。
しかし、彼女が小首をかしげて発した次の言葉で、オレは自分の間違いを悟る。

「貴方はマゾなの?」

……………………へ?
「ずいぶん前衛的な刺青をなさってるから。刺青って、自分の体にわざわざ傷を付けるんでしょう?」
オレは口を開けたまま、何度か瞬きをした。何というか、声が出てこない。
聞き間違いか?
いや、確かに今の台詞はこの上品なお嬢様から放たれた。
「お嬢様。そんなにストレートにお訊きになっては……」
メイドがオレを見ながら、困ったようにそう言う。月乃は、はっとしたように口元に手をやった後、悲しげに眉をハの字にした。
「あ……ごめんなさい、ディーノさん。悪気はないの。ごめんなさい」
「お……おぅ」
これは予想外の展開だ。何しろ彼女は、本当に申し訳なさそうに何度も謝っている。
そこに悪意はないのだ。
月乃は、皮肉でも嫌味でもなく、思ったことを口にしただけ。
「ただ私、刺青って嫌いだから、つい……」
「月乃お嬢様……」
「あ、でもディーノさんが嫌いなわけじゃないんです! 私が嫌いなのはあくまで刺青で……」
オレは理解した。このお嬢様は、今まで出会ったことのないタイプの女性だ。
「お話ししていただければお分かりだとは思いますけれど、月乃お嬢様はその……少しばかり物言いがストレートといいますか、正直すぎるといいますか……」
メイドが一番申し訳なさそうだった。オレは、にっと笑って彼女の肩に手を置く。
「教えてくれてありがとな。これくらいじゃオレは怒ったりしねーよ」
「は、ははははいっ」
不思議なことに真っ赤になったメイドは、そのまま「失礼しますっ」と叫んで部屋を出て行ってしまった。
……何か気に障るようなこと、言っちまったかな……?
しばらく考えてみたがわからなかったので、オレはその件についての思索をあきらめた。
こちらを見て微笑んでいる月乃に視線を移す。
初対面でマゾかと言われたのは初めてだ。
刺青だらけのオレを見て、真正面から『刺青は嫌い』と言う人間に会ったのも初めてだ。
どうやら梓川月乃は、無邪気に正直に毒舌爆弾を落としていく天然娘らしい。
「これからよろしくお願いしますね、ディーノさん」
「おう! こちらこそよろしくな」
なかなか面白い人物を護衛することになった。
彼女の第二印象は、面白い女性、だった。
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