月見草の恋

□思考は言語化してはじめて他者に伝わる
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僕は任務から帰った時、葵がヴァリアーに連れ去られたと聞いて、真っ先に沢田綱吉の所へ足を運んだ。事実確認をして、それが確かならここにいる全員を咬み殺し、ヴァリアー邸に押し入るつもりだった。
でも、沢田綱吉の執務室にいたのは、彼だけじゃなかった。
六道骸と、ヴァリアーにいるはずの弟子。何故二人がここに?
そう思っていると、沢田綱吉は立ち上がって、僕も部屋に呼び入れた。
そして一言。
「ヒバリさん、葵ちゃんのことは――――あきらめて下さい」
僕は即座にトンファーを構えて地を蹴ろうとする。が、それはムカつくことに六道骸によって止められた。
「雲雀恭弥。彼女を……いえ、正確には彼女の兄を……敵に回すのは、得策ではありません」
「何。葵と兄とどういう関係があるの。今は離れてるらしいし、仮に見つかったとしても何でそいつが敵になるの」
お気に入りを取られた僕の機嫌は最悪で、怒りがおさまらず早口になる。まぁ六道骸と僕が顔を合わせると、いつもこんな雰囲気になるけど。
でも今日は、何かが違った。
普段ならあわてて僕をたしなめる沢田綱吉が、動かない。
代わりに口を開いたのは、ヴァリアーの術士だ。
「ミーと師匠で調べたんですよー。葵サンのお兄さん、邦枝翔サンのこと。そしたら、かなりイっちゃってる人だったってわかったんですー」
草壁に調べさせた結果、邦枝翔に関する資料に、何一つおかしな点はなかった。家は裕福で、小学生の時から私立の学校に通い、最終学歴は有名国立大学を卒業。中学で転校したものの、転校先はやはり私立校で、それからは中高共に奨学金で通っていたという。頭脳明晰、品行方正、まさに優等生の肩書きだ。
その両親は、不運にもマフィア同士の小競り合いに巻き込まれ、つい先日亡くなっているが。
「……邦枝翔のことなら、僕も調べたよ。でも普通の経歴の日本人だった」
「では、邦枝葵については調べましたか? 彼女が小学生から今にいたるまで、一度として何処かの学校に在籍した形跡がないことを」
「……?」
何が言いたいのかはわからないけど、葵は学校に通ったことがないってことだ。
さらに六道骸は続ける。
「邦枝家は裕福な家庭でしたが、両親は途中から子供の世話を放棄しています。きっかけは事業の失敗、夫婦の不仲。それ以降邦枝翔と邦枝葵は、二人だけで生きてきたそうです」
「ちなみに翔サンが12歳、葵サンが7歳の時からだそうですー」
僕の頭の中を、嫌な予感が走った。
邦枝翔は中学高校は奨学金で私立校に通っていた。小学生の時から私立校に通っていながら、何故別の学校に転校した?
裕福な家に生まれていながら、何故奨学金を申請した?
二つを結びつければ簡単だ。親が学費を出してくれなくなったから、成績優秀者の学費が免除される奨学金制度を申請した。
「そのちょっぴり無責任な両親ー、12歳の翔サンに当時持ってたマンション一つをあげて、後は一切育児放棄だったらしいですー。あ、このあいだ死にましたけどねー」
中学生になったばかりの少年と、小学生になったばかりの少女。二人とマンション一つだけで生きていくなんて、本来不可能だ。でも、幸か不幸か邦枝翔は賢すぎた。
「邦枝翔は、妹のためだけに必死に生きてきました。ですが…………どこから、歪んでしまったんでしょうね」
この歪みの塊のような六道骸にそう言わせる人間。それが、葵の兄?
「翔サン、15年間、マンションから一歩たりとも葵サンを外に出さなかったそうですー」
ぞくっ、とした。
まさか、とは思う。
けれど、とも思う。
「葵は15年間、兄と家しか知らずに生きてきたんです。邦枝翔は、妹をすべての汚れから遠ざけた。すべての人間との関わりを断ち切って、自分だけのものにした」
それは歪んだ愛。狂気を孕んだ愛。しかし、たった一つの大切な存在を守ろうとする純粋な愛。
「道理で葵サン、お兄さんのことばっかり言うはずですよねー」
他人事のようにそう洩らすヴァリアーの術士に、僕は食いさがった。
「でも……っ、それと葵をあきらめるのとどういう関係があるの」
僕を選べばいい。
せっかくイタリアに来て新しい世界を知ったんだから、兄離れして、僕の傍にいればいい。
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