月見草の恋

□名前をつけないと安心できない生き物が人間だ
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獄寺隼人の声が響き渡った。僕ははっとして、葵から離れる。
ずんずん近付いてきた獄寺隼人は、彼女の首根っこをつかんでずるずる引きずって行く。
「はやと、どこ行くの? 私まだ、むくと遊んでる」
「10代目からのお達しでな。ヒバリがいない間は、オレと山本でお前の面倒見ることになったんだよ」
されるがままに引きずられながら、葵は問いかける。
「たけしは?」
「仕事だ! だからオレが、わざわざお前を探しに来てやったんだろーが!」
「ぶー。たけしなら腕枕してくれるのに……」
「腕枕だぁ? 甘えるのもいい加減にしろ、このチビ女!」
言い合う二人を見送りながら、僕は思った。
獄寺隼人。貴方もまた、知らず彼女の『かくれんぼ』に巻き込まれているんですね。
彼が葵とつなぐ手が、それを如実に物語っていた。
「腕枕…………」
ほら、葵がしゅんと悲しそうな声を出せば。
「わ……っわかった! 腕枕でも何でもやってやるから、頼むから泣くな!」
やはり貴方も逆らえない。
小動物なんてとんでもない。
彼女自身に戦闘する力はなくとも、彼女は周りを虜にする力を持っている。
ボンゴレの皆さんは甘いですからね。
彼女を守りたいとは思っても、壊したいとは思わないんでしょう。まぁせいぜい、大切な黒い小鳥を鳥籠から出さないことですね。
彼女には、獰猛な肉親がいるようですから。
僕は二人に背を向け、自室へと歩き出すのだった。

*****

何なんだこのチビ女は。
「はやとー。はっやっとーっ。はっ、やっと。」
「…………」
「はやっと。は、やっと。はや、」
「おいコラいい加減にしろよ」
10代目から、くれぐれもケガをさせないようにと頼まれたこのチビ女。野球バカと歩いていた時からだが、ひとの名前でどれだけ遊べば気が済むんだ。
オレは知らず眉間にしわを寄せ、邦枝葵の首根っこをつかんだ。
「あんまりうるせーと、腕枕してやんねーぞ」
途端にぴたりと口を閉じる葵。
腕枕か。腕枕効果なのか。どんだけ腕枕してほしいんだ。つーかまだ夕方だぞ。
内心突っ込みどころは満載だったが、ぐっとこらえる。
ちなみに今オレたちはオレの部屋にいる。葵は、ベッドの端から端までごろごろ移動しつつオレの名前を連呼していて、オレはソファで本を読んでいた。
しかしこいつは謎が多すぎる。今だって枕を抱えて前転しようとして、……。
………………前転?
「てやーっ」
「ちょっと待て! 危ねーからやめ……っ!」
妙な掛け声と共に前転しようとした葵を、ギリギリで抱きとめる。
おかげで窓に肩をぶつけた。
「ったく……。おい、ケガはねーか?」
そう言った時だった。
「はやと……」
「……!」
一瞬、息が止まった。
言葉が、塞がれる。
唇に柔らかい感触。シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
すぐに離れた唇は、オレの思考回路を乱すのに充分な威力を持っていた。
「……っな、なななな何を……っ!!」
動揺のあまり台詞にならない。顔はかあっと熱を持つ。
オレは背中を壁に打ち付けた痛みすら忘れ、葵を凝視した。
「? はやと?」
ダメだダメだダメだ。頼むから上目づかいで首をかしげないでくれ。
心臓が破裂する。いやしねぇけど。
そういうことじゃなくて、オレの心臓にいるもう一人のオレが……って、落ち着け!
落ち着くんだ獄寺隼人!!
オレは必死で冷静さを呼び戻した。
当の本人はオレの反応を不思議そうに眺めている。挙げ句、宣った。
「ありがとう、って、こうするんじゃないの?」
「そ……っ、そんな心臓に悪い礼があってたまるか!!」
「じゃあ……」
そう言った葵は、オレの両肩に手を置いて、今度は頬に口づける。
「こっち?」
「こ……これは国によっちゃあるが……」
「はやとはどこがいい?」
ちょっと待て。ちょっと待てってばよ。オレのキャラが崩壊していく。
あれ、何だ?
何だコレ。やたら心臓がばくばくいってやがる。
「はやと?」
顔が熱ぃ。葵の口元に、嫌でも目が吸い寄せられる。
「おま、え…………嫌じゃ、ない、のか……?」
「? 何が?」
黒くて、どこまでも深い瞳には一片の汚れもない。純粋に無垢に、葵はオレを見つめる。
「何って…………その、……好きでもねーヤツと、き……キス、とか……」
「私、はやとなら嫌じゃないよ?」
どきんっ、
鼓動が大きく脈打った。
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