月見草の恋

□時間と頭は常に使うためにある
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オレが部屋に向かう途中、獄寺が向こうから歩いてきた。相変わらず眉間にしわを寄せていて、シルバーアクセサリーをじゃらじゃらさせている。
その翡翠の目が、オレたちを見て不審げに細められた。
「おい」
「何だ?」
「そいつは何だ?」
獄寺が顎でしゃくって示したのは、もちろん葵だ。
どうやら葵は極度の人見知りらしく、そそくさとオレの背中に避難する。そこがまた庇護欲を掻き立てた。
「こいつは邦枝葵ってんだ! どうもヴァリアーの知り合いらしいんだが、ヒバリの部屋にいてさ」
「……ヒバリの?」
獄寺が怪訝そうな顔つきになるのも無理はない。あのヒバリが、他人を部屋に入れるなんてまず考えらんねーからな。
「なんでここにいるのかはわかんねーけど、ツナにOKもらってるらしいから、しばらく預かっておこうかと思ってさ」
背の高いオレの後ろに隠れれば、葵はすっぽり姿を隠せる。
獄寺の疑いの眼差しから逃げるように、葵はオレの背中にぴったりくっついた。
そこでオレは、不自然な事実に気付く。
葵の見かけはどう見積もっても十代だ。でも、背中に押しつけられた柔らかな弾力は、その……いわゆる胸、で。
オレは獄寺の方を向いたまま、葵に問いかけた。
「なぁ葵。お前、いくつだ?」
「……22歳」
………………。
…………。
……。
「へっ!?」
「はあっ!?」
オレと獄寺は、数瞬の沈黙の後ハモった。
こんなにちっこくて頼りなくて、放っておいたらすぐ迷子になりそうな童顔少女が、実は少女じゃなくて成人女性!?
にわかには信じがたいが、葵は年齢を告げて驚かれるのになれているらしい。特に気にした様子もなく、オレの背中に指で『た』『け』『し』と書いている。
「あのね、今、お兄ちゃんが見つけてくれるまでのかくれんぼなの。たけし、言っちゃダメだよ。あと……そこの白髪の人もね」
その瞬間、ただでさえ短い獄寺の、堪忍袋の緒が切れた音が聞こえた気がした。
「おいコラてめー! よく覚えとけ! オレの髪は白髪じゃなくて銀髪だ!!」
しかし葵はまったく動じることなく、オレの後ろから少し顔を出して首をかしげる。
「ぎん……? よくわかんないから、……しらが、って呼んでいい?」
「いいわけあるかっ!!」
獄寺は青筋を立てているものの、すぐにあきらめたようにため息をついた。
葵もそれを見て、獄寺に敵意はないとわかったらしい。オレの背中から離れて、横に並ぶ。
「じゃあ……何て呼べばいい?」
獄寺は完全に面食らっていた。当たり前だ。オレだって最初はどうしたものかと悩んだ。
しかし意外に順応性の高い獄寺は、葵の顔をのぞきこんで告げる。
「オレは獄寺隼人! よく覚えとけ!」
「ごく……はやと。はやと!」
若干うれしそうに、葵はその場でくるくる回り始めた。
「はやとー、はや、とー、は、やとーおー」
「変なメロディつけてひとの名前を連呼すんな!」
葵の動きが一瞬止まった。と思ったら、前より激しく踊り出す。
「れんこんー、はやっとー! れんこ、んー。はやとぉー!」
「れんこんって何だ! つーかわかったから、もう歌うな!!」
どうやら葵は、自分の敵と味方を直感的に判断できるようだ。もう彼女に、獄寺への恐怖心はない。
オレはとりあえず、部屋へと葵をうながした。
「えぇー! はやとともっと話したかったー」
「オレの部屋より獄寺の方がよかったか?」
妬ける。
でも葵は、むー、と唸ってオレの手を握った。
「やっぱりたけしの部屋!」
何が目的でオレの部屋に行きたいのかはわからない。けど、その一言でオレの胸はひどく満ち足りた。
「なぁ葵」
「んー?」
「今、付き合ってるヤツいんのか?」
「つきあう……?」
こてんと首をかしげる葵に、苦笑して教えてやる。
「恋人はいるか、って訊いてんのな!」
葵はしばらく考え込んだ。そしてオレの顔を仰いで、何でもないことのように問う。
「こいびと、って、どんな人?」
なんてこった。それさえ知らないのか。
出会った直後から、この子には常識が欠如しているとは思っていたが、まさか『恋人』の意味すら知らないとは。
これは長期戦になりそうだ。
「特別な男、ってことだよ」
すると彼女は、迷わず答える。
「お兄ちゃん!」
「いや、兄貴以外でな」
再び眉を寄せて考え始める葵。
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