月見草の恋

□この世は不条理と不合理に溢れている
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ここでオレが悩む必要はないのだ。断じてない。
だからこの心臓の速さも、きっと気のせいだ。
気持ち良さそうにくっついてくる葵を見ていると、かまってやりたくなるのは何故だろう。
同時に思う。
オレを黒髪にして髪を短くしたらそっくりだという彼女の兄貴は、どんなヤツなんだろう、と。
剣士らしいから、闘り合ってみてぇ。けど、そうしたらコイツはどんな顔をするんだ?
オレにはまだ、想像できない。想像できるほど、コイツのことを知らない。
最初に談話室で会った時は変なヤツだと思ったが、なつかれると可愛く見えてくる。
とりあえずオレは任務もないので、そのまま葵を抱きしめるようにして眠りについたのだった。

*****

くいくい、
なんだ。なんか頭がやけに重い。
きゅきゅ、
なんだ。髪に違和感が。
「……う゛ぉい」
起こされたオレは、眠気に目をこすりながら伸びをした。
昨日隊服のまま寝ちまったから、肩が凝った。全身の骨がぼきぼきいってやがる。
「すく、おはよう」
いつの間にか横にちょこんと座っていた葵に、何故か鏡を手渡される。
不思議に思いつつ、何気なくそれを見たオレは思わず叫んだ。
「う゛お゛ぉい!! 何だこりゃあ!!」
鏡の中には、見事に某ドーナツ状態のオレの髪が映っていた。大きな三つ編みを左右から作り、顔全体を囲むようにして上で仮どめ。
葵は、えっへんと胸を張って答える。
「ぽんでりんぐ」
「なにひとの髪で遊んでやがる!!」
おかげでオレの顔のまわりは、三つ編みされた自分の髪でぐるっと覆われている。
確かにあのドーナツに似ていなくもない。だがしかし、微妙に残った髪は放置されているし、形もそこはかとなく歪だ。
「すく、髪きれいだね。楽しかった」
「楽しむなぁ!! 今すぐ直せぇ!!」
「えー、もったいない……」
「いーからさっさと直しやがれぇ!!」
オレが葵のこめかみに拳をぐりぐり入れてやっていた時だった。
「!」
突然、ナイフが頬をかすめて壁に刺さった。
とてつもなく嫌な予感と共に振り向けば、そこにはやはり、ししっと笑うペーペー幹部が。
しまった、昨日は葵が来たせいでばたばたしていたから、鍵かけるのを忘れたんだ。
「おーじ。おはよう」
「ん、おはよー葵。……でもって……」
案の定ベルは、オレの顔を見るなり腹を抱えて笑い転げた。
「うーわっ、まじウケる!! 何コレやったのおまえ?」
問われた葵は、やはり得意げに胸を張ってうなずく。
「しししっ。葵も天才かもな」
「しししっ、てんさい!」
「天才でも何でもいいからとっとと直しやがれぇ!!」
やたらに疲れる朝だ。
昨日は3倍物を投げつけられるし、今日は朝からドーナツ状態だし。誰かオレに安らぎをくれ、と切実に訴えたい。
「葵、直す前に写メ撮っとこーぜ」
「う゛お゛ぉいベル!! てめーの携帯よこせぇ! 今すぐ三枚におろしてやる!!」
「おーじ、ごめん。私携帯もってない」
「そういう問題じゃねえ!!」
唸ったオレは、はっとした。確かジャッポーネには、恐ろしいことわざがあった気がする。
いわく、『泣きっ面に蜂』。
オレは今日ほど昔の人間の言葉を信じられた日はないと思う。
何故ならこの混乱の中にやってきたのは、
「朝っぱらから何騒いでるんですかー。スクアーロ隊長ー」
「ちょっとスクアーロ! あんまりうるさいとまたボスに怒られちゃうわよー。あなた昨日、相当ボスにやられてたじゃない、の……」
「…………」
「…………」
「……う゛ぉい」
二人がオレを見るなり爆笑したのは、言うまでもない。

*****

こうしてオレの部屋には、レヴィを除く幹部全員が集合した。もちろん髪の毛はしっかり元通りにさせてある。
しかし、ベッドまわりにいるのはベルとフランとルッスーリアだけで、葵の姿はない。当然だ。
何せ葵は……、
「なー葵ー。そんなとこ隠れてねーで出てこいよ。カエルも変態も別に怖くねーからさ」
「ミーも話してみたいですー。そんなとこいたらキノコ生えてきますよー」
「生えるかぁ! まぁ゛……とりあえず葵、顔出せぇ」
「そうよ葵ちゃん! 男共に何かされそうになったら、私のところにいらっしゃい! 私は女の子の味方よ」
オレの背中にぴったり張り付いて、オレの髪で自分を隠しているのだから。
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