勿忘草の心


□20.混迷
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今日も君の夢を見た。
夢の中でも、私は突き刺すような悲しみを感じていた。
私は高校二年生なのに、君はどうして小学生の時のままの姿なの?
――知ってるよ。
夢は、その人の記憶や願望を映すことはできるけれど、その人の知らないものを『創造』することはできないからだよね。
私は亮斗くんが成長した姿を、どうやっても具体的には想像できない。
10年近く前の学級通信に、亮斗くんが載っていた。
……今の私が彼を視覚で感じる術は、その時取っておいた紙きれ一枚にしかない。
小学二年生の時の亮斗くん。とても賢そうな顔つきで、制服の模範として写る亮斗くん。
記憶は徐々に色褪せて、少しずつ顔に靄がかかる。何一つ忘れたくないから、毎日毎晩必死に思い出すけれど、それでもやっぱり歯車の回転は止められなくて。
私だけが大人になっていく。私だけが、亮斗くんのいた世界から遠ざかっていく。
高校生の亮斗くんを想像しようとどれだけ頑張っても、私の努力はいつも空回りに終わる。
当たり前だ。
私は中学生の彼さえ知らない。どうやって成長していくのか、その過程を知らない。
どんな風に背がのびて、どんな風に声が変わって、どんな道に進んでいくのか。それらを想像する術さえ、持たないのだから。
でも、そんな私でも君に会う方法が一つだけある。これ以上歯車が動き出さないように、時間を止めておく方法が。
……会いたいよ。
会いたいよ、亮斗くん――……。

*****

オレは飛行機の窓に映る青い空を眺めながら、考え事をしていた。ロマーリオたちが横で何か話しているが、内容が頭の中に入ってこない。
オレの頭は、網膜に焼き付いて離れないあの光景でいっぱいだった。

口づけるなり再び意識を失い、スクアーロがベッドに倒れるのを、七花はやけに落ち着いて見つめていた。取り乱すでもなく呆然とするでもなく、動揺の欠片も見せなかった。
オレとシャマルはどうすることもできず、あの場には長い沈黙が訪れた。
――口火を切ったのは、七花だった。そして彼女は、何故かオレの名前を呼んだ。
『……ディーノさん』
『な、何だ?』
『いつか……いつかイタリアに行ったら、案内してくれますか?』
それはあまりにも不自然な質問だった。しかし、そこに触れる者は誰一人いなかった。
七花の意図はわからないけれど、問われれば返す答えは一つだ。
オレは後ろから七花の髪をそっとなでて、うなずいた。
『ああ。泊まるとこから穴場スポットまで、全部手配しといてやるよ』
七花はスクアーロの手を離して振り向くと、笑って言った。
『ありがとうございます』
誰も、何も言えなかった。あんなに痛々しい笑みを見たことが、今までにあっただろうか。
オレの心臓がきしきしと音を立てる。
そんな顔、しないでほしい。そんな顔をさせたいわけじゃねーんだ。
だけど、それが七花の選んだ道なら……オレはそれを、守り抜こう。
君の貫きたい何かを壊してしまわないように、従おう。
“何もなかったことにする”……その代わりに失われる犠牲にすら、目を背けよう。
ただ、君が望むなら。
だからオレは、もうこの話題には触れないことにした。
『七花、もう夜も遅いから、オレが家まで送るよ』
『ディーノさんじゃないんですから、一人で帰れますよ』
『女の子一人で夜道を歩かせるなんて、イタリア男児たるもの認めらんねーな』
七花が苦笑した。
『イタリア男児、って何ですか? 日本男児じゃあるまいし……』
そう言う七花の隣で、シャマルがからかう。
『そうだぜ跳ね馬。お前の方がよっぽど迷子になりそうじゃねーか』
同じ気持ちを抱く相手だからか、オレにはわかった。シャマルもオレと同じ結論に達したのだと。
きっとさっき起きたことは、オレたちの胸だけにしまわれておくのだろう。
それを七花が望む限り、永遠に。
つくづくオレたちは、七花に骨抜きにされてしまっているらしい。

あれから、一度お世話になった七花の家まで彼女を送ったけれど、終始調子は変わらなかった。何事もなかったかのように笑い、話し、時に突っ込みを入れる。
彼女をよく知らない人間なら、気付かないだろう。この時からすでに七花の仮面は完璧だった。
オレは飛行機の中ですら、思い出すたび苦しくなる。
しかもオレには、もう一つ、大っぴらにしたくないやり取りがあったのだ。
それは昨日、ボンゴレ幹部による詮議にかけるべく、ヴァリアー連中をイタリアへ送る際のことだった。
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