勿忘草の心


□11.慕情
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「まあ! 七花の後輩のお兄さんなのー」
「そうそう」
「イタリアから来たばかりなんて、大変ねぇ」
「だよねぇ」
「それにしても綺麗な顔してるわねー。向こうの方って、皆こんなに素敵なの?」
「なのかなぁ」
今我が家で交わされている会話は、母と私のものだ。
玄関の外で軽く話を聞いたところ、リボーンくんの知り合いで恭弥くんに用があって、でも今日はツナくんの家にお邪魔しようとしていたんだとか。
名前はディーノ。職業は秘密と言われてしまった。
ツナくんの知り合いで家まで出入りするような仲の人ならば、危険な人物ではないだろうと判断した私。
しかし赤の他人を家に入れるわけにもいかないので、ディーノさんにはツナくんのお兄さんという設定でいてもらう。
……いてもらっている、のだが。
「あぁほらディーノくん、また炒飯こぼして……。今スプーン持ってくるわね」
母さんが席を立った隙に、私はこっそりディーノさんに問いかける。
「ディーノさん、日本語はそんなに上手いのに、なんでまともに食事できないんですか!」
母さんは箸で上手く食べられないディーノさんのために、さっきはフォークを取りに行ったのだ。
当のディーノさんは、底抜けに明るい笑顔で頭をかいている。
「いやぁー。ロマーリオとかがいりゃあ、フォークでも箸でも使えるんだけどな」
「だからロマーリオ誰!」
ここに弟はいない。まだ部屋にこもってパソコンをいじっているのだろう。
今日はそれに感謝する。今のうちにディーノさんに食事をさせて、さっさと父さんの部屋にでも入れてしまえば、すぐに夜は明ける。
私はため息をついて、ディーノさんの襟元についたご飯粒を取ってあげた。
「悪い、ありがとな」
「もう……」
そうこうしているうちに、母さんが戻って来た。やけにうれしそうなのは、多分見間違いではない。
「……で? 実際のところ、ディーノくんと七花は付き合ってるの?」
ディーノさんがご飯を喉に詰まらせた。
私は想定内の質問に、さらりと答える。
「うぅん。本当に顔見知り程度なの。ね、ディーノさん」
「お、おう」
「あ、ディーノさんご飯食べ終わった? うんもちろん食べ終わったよね?」
「は、はい……」
「じゃあ母さん、私父さんの部屋にディーノさん連れてくね」
揉め事になる前に、証拠を隠滅しよう。
とにかく私は弟がリビングに下りてこないうちにと、ディーノさんの腕を引っ張ってずりずりと父さんの部屋に向かった。
「ゆっくりして行ってねー! あと、明日一緒に写メとってねー」
母の女子高生のようなミーハーぶりに苦笑しつつ、ディーノさんを和室に押し込む。
これでひとまず問題はない。
私は大きく安堵の息を吐いた。
「おー、畳だ!」
無邪気に喜んでいるディーノさん。
……どのみち布団の敷き方も知らないのだろう。
私は彼のために、押し入れからお客さん用の布団一式を取り出した。
「よっこいせ、」
「ほら、無理すんなって」
布団一式ともなるとそれなりに重くて、文化部の代名詞のような私には、下ろすだけで一苦労なのだ。
よろけた私をディーノさんが後ろから支えてくれた。
「あ……ありがとうござい、ます」
自然と密着してしまい、……私は変な動悸を覚えた。
ディーノさんは親切で助けてくれただけなのに、視界の端に映る金髪だとか、意外に骨ばった大きな手だとか、妙に意識してしまう。
「大丈夫か?」
「……はい」
こんなこと今までなかった。きっと今日はいろいろあったから、過敏になっているだけ。
……武くん。明日の昼休み、来てくれるだろうか。
「そういや、七花と恭弥はどういう繋がりなんだ?」
ディーノさんの声でふと我に返り、私は布団を敷きながら答える。
「風紀委員繋がり……っていうのかな。何故か雑用にされて、今では中高の連絡係なんです」
「へぇー……。じゃあ、リボーンとは?」
「愛人に勧誘された繋がりです」
背後でディーノさんがずっこける音がした。私だってあのときはびっくりしたのだから、当然だ。
いや、そもそもディーノさんは何故あの赤ちゃんと知り合いなんだろう。
「ディーノさんこそ、どうしてリボーンくんと知り合いなんですか?」
私が何気なく発した問いは、しかし彼にとってそんなに軽く済まされる問題ではなかったらしい。もともと少々挙動不審だったディーノさんが、さらにあわてて言いつなぐ。
「い、いや、ほらっ、その…………家庭教師……」
「あぁ、リボーンくんの家庭教師をしてるんですか。お金持ちの家って、赤ちゃんの頃から勉強しなきゃいけないんですね」
「あー、その、まあ……な」
「だったら最初からそう言ってくれればよかったのに」
お金持ちの家で家庭教師に雇われるなんて、きっとディーノさんは実は優秀なんだろう。
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