勿忘草の心


□9.交錯
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昼休み。
僕が校内の見回りを終えて応接室に戻り、書類のチェックをしている時だった。
「ヒバリ、いるか?」
無遠慮にドアを開けて入ってきたのは、山本武。
僕はほんの少し眉を寄せて、書類にサインする手を止めた。
山本武はどこかかたい表情で僕を見ている。何の用かと訊く前に、彼の方が口を開いた。
「今日は七花先輩、ここには来れねーから」
思いがけない台詞に、一瞬思考が停止した。
七花が来ない。
なんで?
「風邪で熱あって、今は保健室で寝てんだ。放課後はここには来れねーって、伝えに来た」
「……なんでそれを君が言いにくるの」
「オレが今日は帰った方がいいって、先輩に言ったからな」
山本武が、七花をここに来れないようにした。僕の頭に残ったのは、その事実だけだった。
「……七花はそれを了承したの?」
「だからオレが言いに来たんだ」
七花が来ない。
ちゃんと来ないと咬み殺すって、思ってたのに。
しかもなんで山本武が七花のことを報告に来るの。友達とかいう草食動物でもない、クラスメートでもない、風紀委員でもない山本武が。
無性にいらいらしてきて、僕はやや乱暴に席を立った。このモヤモヤの責任は、七花にとってもらわなければ。
彼女を実際に咬み殺したらどんな表情をするかはわからないけど、それを見たら少しはすっきりするかもしれない。
「どいて」
僕は並高の保健室に向かうべく、応接室を出ようとした。
しかし、ドアの前に山本武が立ちはだかる。
「どこ行く気だよ?」
「君には関係ないでしょ」
「七花先輩のところなら、行かせねーぜ」
……ムカつく。
七花と僕の関係に、山本武は関係ないでしょ。
やっぱり七花には群れなんか似合わない。僕の隣で、僕だけの隣で風紀を取り締まっていればいいんだ。
僕は彼女にそれを自覚させようと決めた。
そのためにはまず、保健室で寝ているらしい七花に会わなければならない。
山本武が、ひどく邪魔だった。
「どいて。今から七花を咬み殺しに行くんだ。邪魔するなら君も咬み殺すよ」
「させねー」
山本武が持っていた竹刀を構えて、僕に対峙した。
……彼の目は、僕に不快な何かを思い出させる。
…………そうだ。
僕に歯向かった時の、沢田綱吉の目だ。
やけにまっすぐで、迷いの欠片もない眼差し。
あれに似てるんだと気付いた僕のムカつきは、頂点に達していた。
「まずは君を……咬み殺す」

ガキンッ――――

金属のぶつかる音、それが擦れ合う音。応接室に何度も響く戦闘の音。
いつの間にか、山本武の竹刀が変な刀に変わっていた。
でも僕は意に介することなく攻撃を続ける。
振り下ろした右手のトンファーを受け止められた瞬間に、左手のトンファーで下から突き上げる。
「……っ」
寸でのところでかわした山本武が、刀を構え直す前に右手のトンファーで胴を叩く。反射神経のいい彼はそれを防ぐために体をひねるだろう。だから左手のトンファーを斜めに振り下ろして、脳天を狙う。
「く……っ」
なかなかしぶとい山本武は、スライディングして僕のトンファーを避け、刀を持ち直した。
「……七花先輩には手出しさせねー!」
「根性だけは認めてあげるよ」
僕たちは二人、もう一度向き合う。
そして再び戦いを始めようとした刹那――

「待てお前ら」

聞き覚えのある声が、僕らをさえぎった。
「それ以上やって、ファミリー同士で戦力を削り合うんじゃねー」
僕らの間に割って入ったのは、いつぞやの赤ん坊だった。小さい緑の銃を突き付けて、淡々と続ける。
「そうでなくても、この間の骸戦で消耗してんだ。これ以上やるならオレが力ずくでも止めるぞ」
六道骸。
嫌な名前を思い出した僕は、いささか興をそがれてトンファーを下ろした。
「……やめた。今日は赤ん坊に免じて、七花を咬み殺すのやめてあげるよ」
山本武は、それでも応接室のドアを守るように立っている。
「赤ん坊」
「何だ」
「今度は僕と全力で勝負してよね」
赤ん坊は銃で帽子の先をくいっと上げた。
「ああ、いいぞ」
仕方ない。晴れないモヤモヤは、風紀委員か群れてる奴らで解消しよう。
「小僧…………」
赤ん坊がうなずいてみせると、山本武は刀を下ろして小さく息をついた。
しかしまだ言いたいことがあるのか、まっすぐ僕を見据えている。僕はそれを一瞥すると、学ランを肩にかけ直し、デスクに戻った。
「……なぁヒバリ。お前、なんで七花先輩を連絡係とかってのにして、縛り付けてんだ?」
僕は期待外れな問いかけに、小さく鼻を鳴らす。
何か言いたそうにしていると思ったら、この期に及んでそんなことか。
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