勿忘草の心


□8.風邪
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お墓参りの翌日、火曜日。
登校した私は、自分の体になんとなく違和感を覚えていた。
なんだろう。少しぼーっとする。
昨日帰りが遅かったから、疲れているのかもしれない。
「七花、大丈夫? アンタ今朝からずっと変だけど」
紗知が心配そうに問う。
私は机に左頬を押し付けて、何でもない、と笑ってみせた。
毎年、亮斗くんの命日の次の日はぼんやりしてしまう。何も今回が珍しいというわけではない。
「でも……なんだか辛そうよ? ほんとに大丈夫?」
「そう……かな……?」
紗知があまりに言うものだから、私は自分で自分に問いかける。
えっと……頭は、ちょっと痛いくらい。
気持ち悪くもないし、お腹が痛いわけでもない。
歩くと少しふらつくけれど、意識だってしっかりしている。
しかし。大丈夫、そう言おうとしたとき、目眩が私を襲った。
一瞬視界がぐにゃりと歪む。
「っ、大丈夫……じゃない、かも……」
「でしょ? ほら、保健室行く! ノートはアタシがとっといてあげるから」
こうして私は、半ば無理矢理教室を追い出されたのだった。

高校の教室から保健室までは、かなり歩かなければならない。
途中で中庭を抜け、理科棟を抜け、廊下を突き抜けてようやくたどり着けるからだ。
私はその長い道のりをふらつきながら歩いていた。
体育の授業中に怪我が多いから、体育館に近い場所に保健室があるのは納得できる。けれどこれでは、教室で具合の悪くなった生徒に都合が悪すぎると思う。
今歩いていても、正直なところ適当な場所に寝転がりたい気分だ。
あぁ、保健室までの道のりが長い。
そういえばシャマル先生に、顔見せろって言われてたっけ。
もう提出する絵は描き終わったけれど、私は個人的に絵を描き続けるから、昼休みには武くんに会えるんだ。
放課後は応接室で、のんびり恭弥くんのお手伝いをしよう。
それで今日は早めに帰って、ご飯があって、宿題があって、あれ。宿題はまだ出てなかった。じゃあ今日出た宿題が今日の宿題で、それが終わったら明日の提出で、それから――――……。

――――――
――……。

気付くと私は、中庭で横になっていた。しかも誰かの膝枕で。
この感触からして、女の子ではないみたい。
寝心地がいいとは言えないけれど、安らげるぬくもりがあった。
「た、けしくん……?」
かすれた声で呼びかけて、違うと気付く。武くんからは絶対にしない匂いがしたからだ。
かすかな煙草の匂い。
私は重い瞼を持ち上げて、私に膝を貸してくれている人物の顔を仰ぎ見た。
そして、軽く息をのむ。
「……ごっきゅん」
「誰がごっきゅんだ!!」
憤慨しながらも、隼人くんは私を地面に落としたりはしなかった。
思えば隼人くんとは、あまり会話を交わしていない。どんな子なのかまだよくは知らないけれど、ツナくんや武くんの友達だけあって、なんだかんだ言っても優しい。
煙草の残り香だけが制服に付いているのは、おそらく私を前にして煙草をしまってくれたからだろう。
「隼人くん……なんでこんなところにいるの?」
私が尋ねると、隼人くんは目を合わせることなく答える。
「……いつもここで授業サボってんだよ、オレは」
日本人には持ちえない、色素の薄い銀色の髪が風になびく。
青空と白い雲が隼人くんの髪の間から透けて見えて、やけに綺麗だった。
「そしたらてめーが……七花がフラフラ歩いてきて、いきなり倒れるから仕方なく……」
照れたように後を濁す隼人くんがかわいくて、私は少し笑った。
けれど同時に頭痛に見舞われ、わずかに顔をしかめる。
「頭、かなりあちぃーぞ。熱あんだろ。平気か?」
「ん……大丈夫」
「じゃねーだろ、この阿呆」
隼人くんは私の額に手を当てて、ぺち、と軽くたたく。そのてのひらは冷たくて、気持ちが良かった。
「……知ってる? 阿呆って言う方が、阿呆なんだよ」
「そりゃ馬鹿の間違いだろ」
隼人くんが苦笑すると、ふわっと煙草の香りがする。その香りは好きだったけれど、中学生が煙草を吸うのは体に良くない。
私はぼんやりした頭のまま、ポケットを探った。
確かここに…………あった。
「隼人くん隼人くん」
「何だよ」
「これあげる」
私が取り出したのは、お気に入りのミントキャンディだ。
「……何だよ、これ」
「ミントキャンディ」
隼人くんの翡翠の目が、不思議そうに細められる。私は笑って、キャンディを彼に握らせた。
「煙草は体に良くないから、かわりにこれあげる」
「はあ? んなモンが煙草のかわりになるわけねーだろ」
「いいから、なめてみてよ。ね?」
ちなみにこの会話は、私が隼人くんに膝枕してもらっている状態で続けられている。
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