勿忘草の心


□5.休日
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――日曜、従妹の誕生日プレゼントを選ぶのにつきあってほしい。
2日前に武くんからメールをもらった私は、快諾した。
断る理由はないし、シャマル先生にも『絵を描くのもいいけどな。休日くらいは気分転換に、遊んだりして太陽の光を浴びろ』と言われているからちょうどいい。

そういうわけで今、待ち合わせの公園にいる私。
午後の日差しは少し強くて、目にしみる。けれどまだまだ過ごしやすい気候だと言えるだろう。
夏の始まりを予感させる、6月の末。皆が薄着で、中にはノースリーブの女の子までが視界に入った。
私は元々寒がりなので、真夏でも冷房対策のカーディガンは欠かせないタイプだ。
どのみち包帯を隠すためには、年中長袖でいなければならないのだけれど。
「七花先輩!」
腕時計を見ると、待ち合わせのちょうど5分前だった。
向こうから走ってくる武くんはいつもと違って私服で、笑顔も際立って見える。爽やかすぎて、若干目眩を覚えるほどだ。
こんな、爽やかを絵に描いたような少年と二人で歩いていて、変に比べられたり誤解されたりしないだろうか。
少し不安になるくらい、武くんは輝いて見えた。
それは、格好いいなどという見かけの問題ではなくて。
亮斗くんにはない、そして私にもない、みなぎる命の輝きだ。
「武くん、こんにちは」
「こんちはーっス! 七花先輩、私服もかわいいのな!」
「え!? ああああの、えっと、……ありがとう」
武くんは他意なく言っているんだろうけれど、言われ慣れていない私は思わずどきっとしてしまう。
この笑顔に優しく見下ろされてそんなことを言われたら、女の子なら誰だってときめくだろう。
ここに年上の余裕があったことを感謝する。
「今度従妹がうちに遊びに来るんスけど、ちょうどその日が誕生日なんで、うちで祝おうってことになって」
「武くんの家?」
「うち、寿司屋なんスよ」
なるほど。
料理は親御さんが準備するから、武くんはプレゼント購入係にされた、というところか。
そうなると重要なのは、従妹の年齢と趣味、好きな色の把握だ。
私は俄然やる気になって、武くんと二人歩き出したのだった。

*****

従妹の誕生日祝いを家でやる。
親父にそう言われたとき、オレは真っ先にプレゼントを買いに行くと申し出た。
七花先輩を誘う絶好のチャンスだからだ。
オレはこれまで野球一筋だったから、色恋沙汰はよくわかんねー。
バレンタインはチョコをいっぱいもらえるし、告白されたこともある。
ただ、自分が誰かを好きになる感覚がわからなかったんだ。
だから今も、正直なところどう接していいのか迷ってる。
でも、考えてたって始まんねーから。だからオレは、オレにできる精一杯のアプローチをしようと思った。
第一段階『デートに誘う』は、従妹のおかげで成功した。
次は、この1日でどれだけ七花先輩に近付けるかだ。
……オレはついさっきまで、そんなことを考えてた。
だけど、公園の時計台の下でオレを待ってる先輩を見たとき――――全部忘れた。
ふんわりしたワンピースに、かるく羽織った薄手のカーディガン。
それは中学生には真似できない、少し大人びた雰囲気を纏っていた。
いつもの七花先輩より、なんだか大人っぽく見える。
でもこちらを向いて見せてくれた笑顔は、いつもの先輩と同じで。素直に“かわいい”と思った。
だからそう言ったら…………七花先輩が、少し、頬を赤く染めた。
何だ、このかわいい反応。
逆にオレの方がさらにハマってしまいそうだ。もっといろんな七花先輩の表情を見たい。
きっと、誰かを好きになるって、頭で考えてどうこうできる問題じゃねーんだ。
たとえもし仮に、取り繕ったオレを好きになってもらえたとしても、それは何かが違う。
だからオレは、ありのままのオレで先輩に近付いてみせる。
オレは3つも年下だけど、微力かもしれないけど、無力ではないから。
「従妹の子って、年はいくつ?」
「小学4年生っス」
七花先輩は顎に手をやって、眉を寄せて考えている。
そんな仕草すら、愛しい。
「うーん……。その子の趣味とかってわかる?」
「趣味、かどうかはわかんねーけど、ちっこい動物のぬいぐるみをしょっちゅう持ってます」
「……それだ!」
先輩の目が輝いた。
「武くん、商店街におもちゃ屋さんとか雑貨売り場とかあったよね? あとデパートも」
「はい」
「そこを片っ端から回ってみよう! その子が持ってるのは何の動物が多い?」
七花先輩、なんだかうれしそうだ。そんな先輩を見てると、オレまでうれしくなってくる。
「確か……ウサギ、だったと思います」
「じゃあ、その子の服とか持ち物は何色が多い?」
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