勿忘草の心3

□17.希求
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スっくんから、みんなに会えと言われた。
私の後輩といえば、ツナくんたちだ。私には会いたい、という意思がないけれど、スっくんのお願いを叶えなければならない。彼らにはシャマル先生から、時間があれば病院に来てほしい旨を伝えてもらった。
「……」
夜ご飯も一口ほどだけれど食べられたし、もう退院できると思う。それでもシャマル先生は毎晩私の病室に訪れては、駄目だと言う。
私の何が問題だというのか。
釈然としないまま、一日に一度ペンダントを胸に抱きしめて机に戻し、眠る。
そんなことを繰り返していたある日の夕方、隼人くんが来てくれた。
「……よう、七花」
ベッドの上で私は、手を振った。
隼人くんは辺りを見回して言う。
「シャマルはいねーのか?」
私はホワイトボードに書く。
【先生はいつも、夜にしかここに来ないよ】
途端に隼人くんが息巻く。
「んだと!? 変なことされてねーだろうな!?」
私は出ない声で笑った。
【されてないよ】
隼人くんも、心配性だ。
そう思った時、胸の辺りがもやっとした。
「……?」
スっくんに会った日から、私の心臓は時々おかしくなる。
だいじ。
あいしてる。
すき。
ふくざつ。
知らないはずの知っている言葉に、不快感が拭えない。
頭に浮かんだそれらを吹っ切るように、私は微笑む。
【お見舞い、来てくれてありがとう】
そのホワイトボードを見て、隼人くんは目を逸らした。
「オレは、10代目からの伝言も預かってっから……」
「?」
「…………10代目、七花には会えねーって。……ごめん、って伝えてほしいっておっしゃってた」
そうか。ツナくんとは会えないのか。
私はこくんとうなずいた。
「……ショックじゃねーのかよ」
「?」
私に会いたくない人が会いに来ないことの何にショックを受けるというのだろう。
申し訳ないとすれば、スっくんの指定する後輩全員に会うというお願いが達成できないことに対してのみだ。
他に思うことはない。
私はホワイトボードに綴る。
【仕方ないよ】
「仕方ない?」
隼人くんの片眉が上がった。
「仕方ないって、どういう意味だよ」
【私に会いたくない人がいるのは仕方ないことだよ】
「…………は…………?」
隼人くんは呆然と立ち尽くす。
私はマーカーを滑らせた。
【もう私のことが好きじゃなくなったのかもしれないし、あの誘拐事件がトラウマになったのかもしれない。ツナくんが会いたくないなら来なくていい】
当たり前のことなのに、顔を上げると隼人くんは唇を噛み締めていた。
「何だよそれ……っ!」
「?」
「……っ10代目がどんな顔で、オレに言伝を頼んだと思ってんだよ!?」
怒鳴られたって、そんなの私が知るはずもない。
【どんな顔?】
真顔で書いたホワイトボードを掴まれる。シャマル先生みたいに投げ捨てるのかと思いきや、隼人くんはぐっと拳を握っただけだった。
「…………スクアーロの野郎に、言われた。七花に会いに行けって」
スっくんはみんなにも言っていたらしい。私が彼らと会うことが、そんなにもスっくんにとって重要なことなのか。
まぁ、どうだっていい。私はお願いを叶えるだけだ。
「10代目は責任を感じられてるから、会いに来られねーんだよ。七花のこと、嫌いになんかなるお方じゃねー。知ってんだろ」
知っている?
私が、知っているはず、ということ?
【知らない】
ほとんど無意識に、そう書いていた。
やや崩れた文字で、下に続ける。
【責任って何に? ツナくんは何も悪くないじゃない。私のこと嫌いにならない? なんで隼人くんにそんなことわかるの?】
「…………本気で、言ってんのか…………?」
信じられない、と言いたげな声音に、私はため息をついた。
またか。今までの私ならわかった、というやつか。今までの私なら察しただろう、というやつか。
みんなみんな、変わっていくのに。世界は動いて時間は流れて記録は塗り替えられていくのに。
昔の私を求められても困る。
……いや、それが隼人くんの望みなら?
それが、隼人くんへの恩返しになるなら、昔の私を演じることは可能だ。
私はホワイトボードを消した。
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