勿忘草の心3

□16.許可
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午前中に家族がお見舞いに来てくれた。
対応してくれたのはシャマル先生で、それとなくぼかして状況を伝えてくれたんだろう。
声が出ない以外健康体の私だけれど、まだ入院が必要と説明された。
早く元気になってね、と言う母に笑顔を返して見送る。
そう言えば私は何故いまだに入院しているのだろう。何度訊いても、退院させられないという答えしか返って来なかった。
どのみち先生が許してくれなければ、元の生活には戻れない。
家族の後ろ姿を確認して、私はため息をつきつつ部屋に戻った。
病室には先生も誰もいなかった。窓から柔らかい風が吹いてきて、カーテンを揺らす。
することもない私はもぞもぞとベッドに入った。

ガラッ、

そのタイミングでドアが開いたものだから、てっきり先生かと思った私は驚く。
入ってきたのは、ザンザスさんだった。
ドアを閉めて、ベッドまで歩いて来て私を見下ろす。
開口一番、
「オレがヤツを殺した」
言われてきょとんとする。
ヤツ、とは亮斗くん、否、桜庭くんのことだろうか。確かにツナくんが、彼は死んだと言っていたっけ。報告に来てくれるなんて律儀な人だ。
私はホワイトボードに、
【そうですか】
と書いた。
「……ヤツはお前に謝っていた」
同じホワイトボードを見せる。
【そうですか】
ザンザスさんが眉をひそめた。
「……何故、オレを責めない」
責める。どうして?
私はホワイトボードの文字を書き直した。
【もう、終わったことですから】
何もかもがどうだっていい。今さら蒸し返すことでもない。
無力な私が何も守れなかっただけのことだ。それ以上でもそれ以下でもない。
ザンザスさんは無言で私を見やる。
「……何があった」
私は首を横に振った。
だって、何もないのだ。劇的なことなど何も起きていない。
「飯は食ってるか」
うなずく。
「気分は悪くねーか」
うなずく。
「あの銀色はどうした」
あの銀色、と言われてしばらく考える。ようやくペンダントのことかと気付き、机を指さした。
「……何故つけない」
あぁ、もう。全てが億劫だ。
私は適当に【お手洗いに行ってきます】と書き、ベッドから降りる。
「七花」
でも、手を引かれて部屋を出ることもかなわない。
どうせ私は声が出ないのだ。ホワイトボードを持たないことで、何も話すつもりはないという意思表示をする。
私はこの人に返すべき恩があるかと思い巡らせ、特にないと判断した。
シャマル先生と違ってザンザスさんにかかずらう理由がない。
「七花」
繰り返し呼ばれる名前に嫌気すらさした時。
ふと、思いついた。
責めれば彼は、納得して帰ってくれるのかと。
私だってシャマル先生からの望みが知りたかった。私と似ているこの人が欲しているのが非難なら、あげる。
マーカーペンを走らせ、彼が望んでいるであろう言葉を記す。非難なら簡単に書けた。私が私に対して思ったことを書けばいいのだ。
私はかすかに唇の端を持ち上げ、書き連ねる。
【亮斗くんを守れなかったくせに。何一つ守れなかったくせに。どうしてそんなことしたのよ。どうして好きになんてなったのよ。どうして離れてくれなかったのよ。ひどい。そのくせ会いにくるなんて、どんな心臓してるの?】
どうして愛したりなんかしたの。
どうして解放してあげなかったの。
そのくせペンダントを壊せないなんて、私は本当にひどい。
「……七花、」
【そんなに無力ならはじめから関わらなければよかったのよ。傷つけることしかできないなら出逢わなければ】
出逢わなければ、よかった、と。
書けない自分に首をひねる。
ペンダントを壊そうとした時と同じだ。
手が言うことをきかない。文字が書けない。
これではザンザスさんの望む非難をあげられない。
「悪かった。……もう、やめろ」
ホワイトボードが取り上げられて、インクが消される。
どうして彼が謝るのか、私にはわからない。初めて見る寂しそうな横顔の理由も、わからない。知りたいとも、思えなかった。
ザンザスさんはどこか悔しそうに、問いかける。
「……会いてーヤツはいるか」
反射的に唇が動いた。
スクアーロさんに、お礼をしたい。
「…………わかった」
ザンザスさんが部屋を出て行ったので、私はまたスケッチブックを一枚破る。
今度の手紙はスっくんへだ。
『スっくんへ』
もう、緊張はしなかった。
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