勿忘草の心3

□11.悔恨
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オレのてのひらが、涙で濡れる。
その肩を抱き寄せたくても、今はできない。オレは、男だから。
先輩にとって、怖い存在かもしれないから。
「ぅう…………っ、ふ、うぅー……っ!」
オレのジャケットを握りしめて泣くこのひとを、愛しいと思うたび。
オレのてのひらから雫が溢れるたび。
「――――」
オレの方が、泣きたくなった。

辺りを見渡せば、廃倉庫はすでに更地と化していた。鉄の焼ける臭いに混じって届く、人の血肉の臭いに顔をしかめる。
そこは本当に、地獄絵図だった。
一瞬で建物を消したのはザンザスだ。
しかし、嵐属性の奴らの高音の炎で炙られた敵が、文字通り消し炭になりそうだと認識した瞬間、ツナは手を挙げて攻撃を止めさせた。
……オレはこの時ほど怖いツナを見たことがない。
突然焼き殺されそうになった連中は、爛れた皮膚で叫んだ。血を吐いてやめてくれと命乞いをした。もう顔のつくりもよくわからないそれらを見下ろして、ツナは相手の喉を踏み潰した。
こんなんで七花先輩の受けた痛みと苦しみを償えると思うな、そう吠えて全員の喉を潰し飛び回るツナは、さながら鬼神のようだった。
獄寺もヒバリも、ツナに倣って喉を潰してから目の前の敵を滅多打ちにしていた。
シャマルやディーノさんなんて、相手の息が絶えてもなお、攻撃をやめなかった。
スクアーロたちヴァリアーは、露骨に敵を殺していった。こんなクズの断末魔なんざ七花に聞かせるわけにはいかねぇ、そう呟いてスクアーロは敵の喉笛をかき切った。
ししっ、同感、そう笑ってベルフェゴールはナイフをくるくる回した。
てめぇらカスに目玉は必要ねぇ、そう吐き捨ててザンザスは敵の目を潰した。
倉庫突入から数秒で、敵全員の声を消してくれたのは助かった。こんなヤツらの悲鳴にさえ、七花先輩は心を痛めてしまうかもしれなかったから。
でも、怒りに身を任せて敵を惨殺していく仲間を見ることしかできないのはもどかしかった。本当はオレだって先輩をこんな目にあわせたヤツらは殺してやりたい。けど、先輩の傍を離れるわけにはいかないし、シャマルとの約束を破るわけにもいかない。
そのうち冷静さを取り戻したマーモンとフランがこちらに来て、七花先輩を静かに眠らせた。
できればそれを先にやってほしかったんだけどな。
兎にも角にも、ものの数分でそこに命のある敵はいなくなった。
骸が笑ってツナを見る。
「クフフ、本当なら永遠の地獄に堕としてやるところですが……皮膚を焼かれ、目も喉も潰され、四肢をもがれ、最早肉片になった。この辺りで切り上げますか? 沢田綱吉」
ツナはまだ瞳をギラつかせて、呻くように声を絞り出した。
「こんな数分で……先輩の痛みを思い知らせることなんてできない。何度でも焼き殺して切り刻んで首を絞めて、」
「……っツナ!!」
オレは思わず叫んでいた。
このまま怒りに飲まれたら、後悔するのはツナだ。
「こんなヤツら、もう放っておけばいいだろ? それより早く、七花先輩の治療だ!」
「っ! …………そ、う、だね。ごめん山本……。獄寺君、日本とイタリア、どっちが近い?」
切り替えたツナに、獄寺が答える。
「ここがアメリカ西部なんで、日本の方が近いっすよ」
「じゃあ、日本支部に行こう」
シモンとミルフィオーレが現場を預かり、事後対応をしてくれることになった。
こうして息苦しい戦いは、幕を閉じた。

この戦いで、一つだけオレたちには条件が課せられていた。オレとツナとヒバリと獄寺の四人に課せられた制約。
それは、先輩の身辺に異変があると最初に気付いたシャマルからの要求だった。
オレたちが敢えて七花先輩から距離を置いていた“お試し期間”直後にも、奴だけは先輩に会っていたらしい。
そこで見つけた先輩の些細な違和感から、世界中を飛び回って元凶を見つけたのはシャマルだ。奴がいなければ、オレたちは敵の存在すら知らなかったかもしれない。
シャマルは言った。
『オレの条件を飲むなら、てめーらボンゴレ坊主共も七花を助けに行くのを許してやる。だが、条件が飲めねぇならオレは、七花の情報を跳ね馬とヴァリアーにしか渡さねぇ』
その条件とは、オレ、ツナ、ヒバリ、獄寺の四人は“敵を殺してはならない”というものだった。
『命さえ取らなきゃ、何をしたってかまわねぇ。だが、絶対に殺しはするな。それを約束できる奴だけ、作戦に加えてやる』
最初は意味がわからなかった。
でも、それがまだ誰も殺めていない面子だと知った時、オレは理解した。
……そして、少しだけ悔しくなった。
先輩の相談相手の椅子を手にした時、シャマルには勝ったと思ったのに。
こいつは今でも、先輩のことを誰より考えていた。
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