勿忘草の心3

□10.危機
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*****

私だけが知っている。
罪悪感を抱き続けてきた理由。
誰にも言わなかったし、誰にも言うつもりはなかった。
わかるかな?
わかってくれるかな?
もしも私と亮斗くんが両想いだったら、それは美談になるんだ。世界の中心で愛を叫ぶ、みたいに。
恋人を忘れられずに生きていく、美談になるんだ。許されるんだ。それも美しい生き方だと、認められるんだ。
でも、私が片想いだったら。ただ一方的に好きだった人を忘れられずにいる、悲しい女だったら。
それは笑い話になるんだ。新しい恋のできない枯れた女として、笑われるんだ。
見下される。嘲笑され蔑まれ、“そんな無駄な生き方をするなんて可笑しい”と言われる。
私の全ては否定される。
告白の答えがもらえないまま会えなくなったから、私は彼を忘れられなかった。
もしも答えをもらっていたら。
フラれていたら。
私はきっと、ここまで亮斗くんを大切に思い続けられなかっただろう。
だからこそ、謝り続けてきたのだ。
それでも好きだなんて、赦されるわけがない。認めてもらえるわけがない。
ずっと、そう思っていた。
……だけど私は、誰に謝っていたんだろう。
本当に好きなのに、誰からの声に怯えていたんだろう。
好きで好きで、仕方ないのに。
亮斗くんのことを思い出すたび、会いたいと思うたび、名前を口にするたび。
涙は溢れて止まらない。
毎年命日にお墓に通って、花を供えて。
誰かを思うたびにこんなに胸が締め付けられるのも、その誰かが亮斗くんなのも。
私にとっては特別なんだと、気付いた。
他の人じゃ、駄目だった。
亮斗くんじゃなきゃ、駄目だった。
どうしてこんなに好きなんだろう。
どうしてこんなに好きになっていたんだろう。
どれだけ自分に問いかけてもわからない。
……うぅん。難しく考えたって、わかるわけがない。

それは私が、桜庭亮斗くんのことを大好きだったからだ。

もう、それ以上の答えなんて、出るはずがなかった。
――今も、好き?
私が私に問いかける。
――うん。今も、大好き。
私が私に答える。
もしも生まれ変わっても、私は亮斗くんを好きになりたい。
たとえまた結ばれなくても、報われなくても。また悲しい思いをするとしても。
あなたに出会えないより、ずっといい。
あなたを知らずに生きるより、ずっといい。
辛くても彼のために頑張ることを、昔の私は罪だと思っていた。
だけど、今は違う。
私の思いは、私の誇りだ。
正しいとか正しくないとか、そんなことどうだっていい。
誰に間違っていると言われてもいい。
世界中に非難されてもいい。
認められなくていい。
君を思って涙したこと、君を思って前を向いたこと、君のおかげで知れたこと、すべてが私の宝物だ。
それらが私に、愛や恋や強さを教えてくれた。
それらが私に、生きる意味を教えてくれた。
私は今日も君を思って絵を描く。
君を思って空を見る。
君を思って歌う。
君のためなら、今私の持つ何だって差し出せる。命でも、魂でも、絵を描くための腕でも、言葉を紡ぐための声帯でも。
歩くための足でも、世界を見るための目でも、君の声を聴いた耳でも。
こんな風に思える相手を、好きじゃないわけがない。
私はちゃんと、亮斗くんのことが好きだった。愛してた。
今もこの胸に光る宝石を、胸を張って”愛“と呼べる。
だから、大丈夫。揺らぐことのない想いなら、ここにある。

涙は乾いた。
もう心に動揺は微塵もない。

私はそっと微笑んで、口を開いた。

「…………その答えだけは、有り得ないの。あなたは、だれ?」




――――ガンッ、


――――――――瞬間、意識が暗闇に散った。


*****

ボンゴレファミリーとそれに関わるすべての術士たちが、一斉に立ち上がった。
ある者は愚痴をこぼしながら。
「うわぁー。これ絶対面倒くさいやつですよねー。でも師匠とボスに殺されるのは嫌ですしー」
ある者はレモネードを啜りながら。
「ム。そういう君だって、彼女のことは気に入ってるくせに」
ある者はため息をつきながら。
「何故私までこのような面倒に……」

そしてある者の三叉槍が、空間を切り裂くように鋭く振られた。
「……さて、行きましょうか。この世で最も重い罪を犯した者を、裁きに」
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