勿忘草の心3

□9.苦悩
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『もしも願いが叶うなら』……その仮定の中に、“絶対に叶わない”という前提が潜んでいることを知ったのは、いつだっただろう。

*****

愛しい人から連絡が来ない。
でもそれは僕から急かしていい問題じゃない。
七花が言いたくなるまで待つ、そう決めたんだ。
会いたい人に会えないのは辛いけど、その人に辛い顔をさせる方がもっと辛い。
……ねぇ七花。僕は君の笑顔を守って来られたかな?
誰よりも好きだから、誰よりも守りたい。
この世界の全てを敵に回しても、たとえ僕の命と引き換えても、君だけは守りたいんだ。
あの日君を喪いかけたのは、……きっと、僕のせいだった。
七花は絶対に違うって言うよね。これまであったことの積み重ねだ、って。ただのタイミングだ、って。
でも、その荷物をそのタイミングで負わせたのは、間違いなく他の誰でもない僕だったんだ。
僕は自分のことで頭がいっぱいで、君の気持ちなんて想像してなかった。君を振り向かせることで頭がいっぱいで、君が辛いと察する努力を怠った。
今度はもう、間違わない。
君が待ってほしいなら、何日だって何ヶ月だって待つよ。僕が叶えられる願いなら叶えてあげるよ。
他に好きな奴を作れ、ってお願い以外なら聞いてあげる。
七花に会えない時間が続けば同じだけ、七花について考える時間も増えた。
僕は君の笑った顔が好きだ。
だから僕は思うんだ。君を思うんだ。
この数年で償えるわけないけど、僕は君を笑顔にできたかな。
君の辛い思いを少しは減らすことができたかな。
少しは君を安心させてあげられたかな。

『ありがとう……っ!』

お礼の言葉をたくさんくれた。
僕の前で涙を見せてくれた。
その涙を拭わせてくれた。
きっと、僕は信頼してもらえたんだと思う。
……そう思うことくらいは、許してくれるかな。
なんて、そんなこと、訊くまでもない。
君はいつだって笑ってうなずくんでしょ。

『ありがとう、恭弥くん!』

部下とか沢田綱吉とかから言われるお礼なんてただの挨拶と変わりないけど、七花からもらう“ありがとう”の言葉は、とても温かくて。
「…………七花」
いくらでも待つよ。
いくらでも一緒に悩むよ。
いくらでも君のために傷付くよ。
その覚悟はできてるんだ。七花がこの胸の痛みに意味をくれた。
七花のためじゃなきゃ僕は我慢なんてできない。いつだって膝枕をするたび僕の頭を撫でて笑う、君が好きだから。
今は傍にいられないけど。側にいない方がいいと思ってるから、遠くで見守ることしかできないけど。
願わくば、今も君が笑顔でありますように。

*****

オレは七花が好きだ。
その思いを誰かにわかってもらおうだなんて、ハナから思っちゃいない。オレが抱き続けた苦しみを、きっと誰も知らない。
今までオレは、七花とどんな雰囲気になってもそれに流されることなく毎回許可を取ってきた。

『キスして……いいか?』

七花はいつも一瞬肩をこわばらせて、でも苦笑してうなずいてくれる。

『隼人くんは…………もう、仕方ないなぁ』

触れるだけのキスに、泣きたくなった回数は途中でカウントをやめた。
何も知らないオレなら、七花に告白した時のように心のままに衝動のままに、その唇を奪っていただろう。
――しかし、10代目から告げられたあの日の真相を知って尚、そんな自分勝手なことができるほどオレは向こう見ずにはなれなかった。

あれは七花がオレに、ありのままのオレで自由に恋をしろ、と言いに来た日のことだった。
今は生きるだけで精一杯、とでも言いたげなその表情に、問い詰めようとしたのを止めたのが10代目だった。そして後に、あの日の“携帯充電切れ”事件のあらましを教えてくださった。
当然オレは、憤った。
オレに禁煙をさせておいて、オレの心を奪っておいて、オレへの返事を遠回しに延ばしておいて、何を。…………そう思った時、唐突にあの言葉の意味がわかったんだ。
オレを禁煙させた、今でも忘れられないあの台詞。

『大切な人を守りたいなら、その体だけじゃなくて、心まで守りなさい。その人より先に死ぬのは無責任よ。それができないなら、“右腕”なんて名乗っちゃいけないと、私は思う』

……あぁ、そうか。
お前にはもう、その守りたい“大切な人”がいねーんだな。
いるのに、いねーから。
だから、オレにああ言ったんだな。
“生きている”オレに。
“大切な人”が生きているオレに。
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