勿忘草の心3

□8.無題
5ページ/5ページ

泣かせてばかりだった。
困らせてばかりだった。
オレは泣かせるばかりで、その涙を拭うのはいつだって別の奴だった。
なら諦めろよ。
もう、七花を好きでいるのをやめてやれよ。
オレから解放してやれよ。
オレの中のオレが叫ぶ。
別の女を選べばいい。好みの女なんてそこらじゅうにいるだろ。いやもう好みじゃなくていい。世界の半分は女なんだ。
適当に物わかりが良くて、素直で、昔の男のことなんて引きずらない女を探せよ。
いい加減、諦めろよ。
オレが選ばれる可能性なんて――――。

『……え…………? スクアーロ、あなたどうして…………泣いてるの……………………?』

女の台詞には答えず、金だけ置いて酒場を後にした。
自分の頬を伝う液体の名前を、死んでも認めたくない。
宵闇に紛れるように駆けた。
駆けて、
駆けて、
駆けて。
土地勘もない誰もいない森の奥に辿り着いて、息も絶え絶えにオレは吼えた。

「んなこと…………っ、知ってんだよクソがぁあああああああああああぁ…………っ!!」

愛は嘘をつけない。
オレはオレに、もう嘘がつけない。
きっとオレは七花に引導を渡されても、あいつが好きなままなんだろう。
まるで呪いのように。
あいつ以外を愛する自分が、想像できなかった。
どこの誰に好きだと言われても、何とも思わなかった。断るのが面倒だとしか感じない。
「…………てめぇも…………こんな気持ちだったのか……? なぁ、七花……………………」
オレはお前のように、前を向けない。
お前のように気高く生きられない。
頼むから、殺してくれ。他の誰でもない、七花……お前の手で。

決して叶わない願い、決して願ってはいけない願い。
こんなもんを抱えた時点で、オレは泥沼にハマってんだ。
酔いを覚ますように、冷えた夜風に髪をなびかせる。
月明かりに照らされる己の銀色を横目に、数ヶ月前の七花の声が蘇った。

『髪の毛、綺麗だなぁ…………どんなお手入れしてるんだろ』

その声には非難の響きなどまったくなかった。
思い出すだけで、不意に、我に返った。
そう、だよな。
オレが七花に与えたのは、苦痛だけじゃねぇよな。
ちゃんと、笑ってくれた時だってあったよな。
いつもあいつはオレに言う。真っ直ぐな眼差しで、偽りのない声音で。

『……………………ありがとう』

その礼に込められた思いを、オレは知らない。
ただただ、想う。
七花に会いたい、と。


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ