勿忘草の心3

□6.無知
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ベルくんは、こんなことを言ったら失礼かもしれないけれど、大きなペットみたいだった。
何処に行くにも何をするにも、私の後をついて回る。
部屋にいる時は私の肩に寄りかかって、時々後ろから私を抱きしめて、最終的に耳にすり寄る。
これがもはやお試し期間の日常と化していた。
「なぁ七花ー」
「なぁに?」
「王子、七花とデートしたい」
私は王子様が行くようなデートスポットなど知らない。
それでもベルくんは、ねだった。
「七花、行きたいとことか見たいもんとかねーの? オレ天才だから、七花を完璧にエスコートしてやるよ!」
前髪で目が見えなくても輝いたその表情に、否とは言えなかった。
ベッドの上で二人ごろごろしながら思いを巡らせる。
そういえば最近、並盛の近くにプラネタリウムが出来たらしい。所謂恋人用に作られたと思しきそのプラネタリウムは、席が全てカップルシートになっている。もちろん友達同士で行く女の子も多いが、カップルシートが主な場所は珍しいと思い、記憶に残ったのだ。
ベルくんの隣で星を見られたら、楽しいかもしれない。
「じゃあ、プラネタリウム行きたい! ベルくんが興味あれば、だけど」
「ある! 行く!!」
あまりの即答に思わず笑ってしまった。
ベルくんのさらさらした髪を撫でて、きゅっと抱きしめる。
「七花?」
「ベルくんは……………………」
訊いていいのか、迷った。
このまま何も知らないふりをして、穏やかに時を過ごせばいい。
けれど。
みんなと過ごした時間が教えてくれた。
だから私は、勇気を出せる。
「ベルくんは、私のこと、好き?」
「もっちろん」
「……前に、姉みたいに好きって言ってくれたよね」
「……………………そーだな。言った」
それは確かに10年前、イタリアで聞いた言葉。私はそれを疑ってこなかった。
いや、信じたかったと言うべきだ。
私は誰かが私に恋をすることを恐れている。その誰かを幸せにすることは、私には到底できないことだと思っていたから。
でも、隼人くんが教えてくれた。
愛の形が人の数だけあるように、幸せの形も違うんだと。私の価値観から見た幸せと、みんなの思う幸せが同じではないのだと。
――ずっと私の後をついてきてくれた。
ずっと私に言わないでくれた。
……ずっと私に、隠してくれていた。
本当の弟のように接してくれていた。
たぶん昨夜の出来事を口にしなければ、ベルくんは私のためにこれからもそうしてくれるんだとわかる。
だけどね、ベルくん。
私あの時、一瞬だけ目が覚めてたの。
夜一緒に寝ている時、私にキスしてたよね。
その唇が震えてたこと、私、知ってしまった。
弟として見られることが本当は辛いのなら、言ってほしい。
これからも弟のように接してほしいなら、言ってほしい。
私は私がベルくんにできることをしてあげたい。
だってベルくんは生きていて、私も生きているのだから。
「言いたくないなら、言わないで。でももし……言えなくて苦しんでるなら、それが私のためなら……………………言ってほしい。私はもう、…………誰かの想いに潰れて死のうとしたり、しないから」
「…………!!」
ベルくんが息を飲んで、反射的に私と距離を取った。
「…………ベルくん、知ってるんでしょ? 私が10年前にしようとしたこと」
そうでなければ、説明がつかないのだ。
ベルくんは10年前、告白してくれた時に言った。

『オレはさ、そりゃあ……七花の恋人になれたらうれしいぜ? でも一番は、ただ七花の側にいたいだけなんだ』
『恋人じゃなきゃ我慢できなくなったら、そん時は命でも何でも……王子が持ってるもん全部懸けて、七花の心をもらいに行く。でも今は……弟みたい、でもいーよ』

今でも覚えてる。
だからこそ、私は知った事実から目を背けてはいけない。
「昨日の夜まで、わからなかった。ベルくんは私のこと、本当に姉みたいに好きって思ってくれてるんだと思ってた。でも…………姉にキスは、しない、よね……?」
「七花、起きてたのか……」
私のことを、いつから“姉”と思わなくなったのかわからない。
だけどベルくんの態度から、なんとなく感じ取れた。
きっと……昨夜が初めてのキスなんかじゃなかった。
私が寝てる間にキスするのは、初めてじゃない。正確には、“私が知らない間”にキスすること、だ。
自信満々で天真爛漫で人懐っこいベルくんが、もし私に本当に恋をしてしまったならきっと言う。
言わない理由なんて、一つしかない。
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