勿忘草の心3

□4.深愛
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愛は、人の数だけある。
ならきっと、恋心だって人の数だけあるんだ。
同じ『恋愛』というカテゴリに並べられた少女マンガでも、ある作品の主人公と別の作品の主人公が、同じ気持ちとは限らない。
置かれた環境だって違う。価値観だって違う。
人間はみんな、違う。
道行くカップルだって端から見たら『リア充』に括られるけれど、もしかしたら実は気持ちがすれ違っているのかもしれない。実は別れを切り出す直前なのかもしれない。
みんな同じ気持ちな訳がない。
だったら私の心だって、焦る必要はない。
無理矢理出した答えに後悔するくらいなら、一緒に迷おう。
私の周りには、一緒に悩んでくれる人たちがいるのだから。

*****

恭弥くんは、本当にいつもと何一つ変わらず過ごしてくれた。
もしも恭弥くんと本物の恋人同士になっても、きっと穏やかな時間を過ごせるんだろうとわかる。
だからこそ、私は恭弥くんに何をしてあげられるのかと考えてしまう。
「恭弥くん恭弥くん」
「何?」
慣れ親しんだ和室で、私は膝をぽんぽんと叩いてみせた。
「おいで」
「……………………僕のこと馬鹿にしてる?」
「してるわけないでしょ!」
ものすごく胡散臭いものを見る目を向けられて、私は拗ねた。
「恭弥くんはね、…………恭弥くんは、いつも私のことを考えてくれる。私のことを守ってくれる。王子様みたいに」
何一つ私に無理強いしない。
この十年間、ずっと。
「だけどね、私…………守られてばかりじゃなくて、私も恭弥くんのことを守りたいの」
「……守る…………僕を?」
珍しく鳩が豆鉄砲をくらったような表情の恭弥くんに、私は微笑む。
「恭弥くんみたいに、強くない。喧嘩はできないし、何度も恭弥くんに助けてもらってきた。だけど、今は…………私、恭弥くんのことだけ考えてるよ」
「!」
「だから、恭弥くんの心が安らぐようにしてあげたい。…………応接室で膝枕してあげると、恭弥くんはいつも気持ち良さそうにしてくれたから、膝枕、好きなのかなって」
恭弥くんの髪を撫でて、その漆黒の瞳を覗き込む。
「……僕のことだけ考えた結果が、膝枕? 君、馬鹿じゃないの?」
「えぇえっ、失礼な!」
不意に恭弥くんが、小さく吹き出した。
「!」
いつもは無表情な端正な顔が和らいで、優しい笑顔が私に向けられる。
「……どうしたの? 顔、赤いけど」
「べ、別にっ」
恭弥くんの笑顔は、破壊力が強すぎる。
そういえばここ数年、二人きりになる時間はあまりなかった。暇を見つけてはやってくるヴァリアーのみんな、仕事の合間をぬってやってくるツナくんたち。
何故かわからないけれど、私の周りには人が集まる。おかげで恭弥くんと二人でゆっくり過ごす機会などなかった。
……恭弥くんは、他の人がいる時は、笑わない。
でも、私と二人の時は他のみんなに見せない色々な表情を見せてくれる。
私の鼓動を速くしておいてそれに全く気付いていない様子の恭弥くんが、少し考え込んでから口を開く。
「…………膝枕、沢田綱吉にもしてるの?」
「ツナくんに? しないよー!」
思わず笑ってしまった。
基本的に私が膝枕してあげるのは、今も昔も恭弥くんだけだ。
そう伝えると、恭弥くんはひどく満足そうな笑みを浮かべて私の膝に頭を乗せた。
そんな恭弥くんのさらさらした髪をそっと指で梳く。
「…………私、強くなりたいな」
「別に七花が強くなる必要ないでしょ」
「喧嘩とかじゃないよ? もっとね、心の強い人になりたい」
恭弥くん相手だと、素直に悩みを打ち明けられた。
「知らないことを怖がる気持ちも、知らなかった自分を受け入れるのも、時間がかかるのは仕方ないと思うの。私、……今までずっと、亮斗くんへの愛情しか知らなかったから。でもね、……逃げちゃダメ、だよね」
私は一度、了承してしまったのだから。
「恭弥くんに言われて、思った。私なんかと恋人になったって、みんなに何の得もないのにどうして、って。でもね、それでも恭弥くんみたいに誰かがそれを楽しみにしてくれてるなら…………みんなに支えられてきた私にできることは、そのお願いを聞くことだって思ったんだ」
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