勿忘草の心3

□2.好機
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誰もいないレストランで、抱きしめられた頬がやけに熱を持つ。
だって、私に何が言えるの?
武くんがひどく辛そうな顔で抱えていた“嫉妬”という感情を、ツナくんも抱えているという。
私はもし亮斗くんが生きていて私でない人と恋人になっても、亮斗くんが幸せなら笑っていられる。たとえ涙が隠せなくても、心の底から喜べる。
でも、ツナくんたちが想っているのは、私という生きた人間だ。
何処で誰にどんな風に嫉妬したのか、想像することすらできない。
だって私は、嫉妬したことがないから。
そんな私に、何かを言う資格があるはずもない。
ツナくんの愛を……本物の恋愛を、否定することもできない。
「…………オレを振らないんですか?」
振るって、何?
私はどうしたいの?
どうしたらいいの?
こんなにも大好きなツナくんを。こんなにも魅力的なツナくんを。嘘でも嫌いだなんて、私には言えない。
「……なら、肯定と受け取りますよ」
わからない。
どうすることが正解か、わからない。
ツナくんの橙色の瞳が近づいて、形の良い唇に唇を塞がれる。
「……っ!」
ツナくんとの、初めての、キス。
スっくんは私が抵抗しても勝手にキスしてくるから、なんだか慣れてしまった。
恭弥くんはあれからキスなんて求めてこなかったし、武くんもそうだ。
隼人くんは、必ず私に許可をとってからキスしてくる。
他の人とのそれは慣れてきつつあったけれど、こんな風にツナくんにされるキスは、胸が痛かった。
「七花先輩…………」
スっくんの情熱的なキスとも、隼人くんの不器用なキスとも違う。
両頬を包む大きな手が、私を逃がしてくれない。無意識に後退しようとしていた足も、壁にぶつかった。
「……っ、」
「七花、先輩……っ!」
壁に背中を押し付けられて、口づけが深まる。
熱い。
怖い。
ツナくんは目をうっすら開けて、私を見る。
橙色の瞳に獣のような熱を宿して、ツナくんが私を射抜く。
「抵抗……っしないんですか……?」
「……っ、す、するなって、ツナくんが言っ、」
「先輩、震えてる」
言われて、手が震えていたことに気付く。
「……オレが怖い、ですか?」
「怖い……っ、怖いに、決まってるでしょ……!」
初めてのことに、恐怖は隠せない。
だけど。
「だけど……っ! ツナくんと一緒にいられなくなる方が、もっと怖いの……っ!」
「っ!」
ツナくんが僅か目を見張って、次の瞬間には再び言葉が塞がれた。
心から信頼している人からのキスは、怖い。受け入れてしまいそうになるから。
「先輩……っ、ごめん……!」
「な、…………っ!? 、ん……っ!!」
漫画や小説でしか読んだことがなかった。ディープキスって、こういうものなんだ。
舌に舌が触れる。
不快感と戸惑いに、体が逃げようとする。
舌を食まれる。
快感と高揚感に、力が抜けていく。
「ぁ……っ、待っ……!」
「……っは、嫌だ……」
執拗に追いかけてくる舌から与えられる、強制的な快楽。
やめて。
体が疼く。
お酒を飲んだ時みたいに心臓が暴れ回る。
もう、認めるしかない。
此処にいるのは、可愛い後輩のツナくんじゃない。
一人の大人の男の人なんだ。
「……は、ぁ…………っ」
私が自力で立てなくなる頃、ツナくんはようやく私の唇を解放してくれた。
荒い息と欲の見え隠れする眼差しを隠そうともせず、私に問う。
「……先輩。こんなことを、オレはしたいんです。貴女の全部が欲しい」
「ツ……ナ、くん…………」
柔らかいすすき色の髪が視界から消えたと思った刹那、左首筋に舌が這わされて思わず声が出た。
「ひゃう……っ!?」
「――それでも」
壁づたいに崩れ落ちた私と目線を合わせて、彼は言う。
「それでもオレと、一緒にいたいですか?」
「……っ!」
そんなの、選べるわけがない。
こんなに色気を溢れさせたツナくんと一緒にいたら、きっと私は流されてしまう。
でも武くんだって隼人くんだって、私が知らないだけで本当はこういうことを望んでいるのかもしれない。
怖い。
「山本だって獄寺君だって、他のみんなだって望んでますよ」
「ど、……して……っ、きゃ……!!」
耳元をくすぐる指先を、首筋をたどる熱い舌先を。“なかったこと”にはできない低い声を、感じてしまう。
漠然と悟った。
――あぁ、もう、戻れないんだと。
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