きみだけに捧げる狂想曲

□アイタイ
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「出口、知らないんだったら、一緒に探しましょう。知ってるんだったら、教えて下さい。それから、雲雀さんの居場所も」

*****

わけがわからない。この少女は何を言っているのだろう。
僕は思わず絶句してしまった。
笹川京子もさすがに驚いた様子で、あわてて棟冬六月を僕から遠ざける。
「何言ってるの六月ちゃん! こいつは六月ちゃんを殺そうとしたんだよ? 早くこいつを殺して、雲雀さんを助けて、並盛に帰ろう?」
これまでの会話で、僕が敵であることは分かったはずだ。
しかし棟冬六月は、不思議そうに首をひねる。
「帰り道も雲雀さんの居場所も、知ってるのはきっとこの人だよ」
「私がこいつを殺せば、全部解決するんだよ……!?」
棟冬六月は、少しだけ悲しそうに笑って、笹川京子の手をとった。
「京子ちゃん。京子ちゃんは、誰かを殺したりしちゃダメだよ」
「でも、六月ちゃん……!!」
僕にも微笑みかけて、彼女はそっと瞳を閉じる。
「京子ちゃんが私を守ってくれるなら、私は京子ちゃんが罪を犯さないように、京子ちゃんを守ってみせる」
静かな森の中、風が髪をすり抜けた。棟冬六月は自然に溶け込むように、限りなく透明な眼差しで僕を見た。
「私には何が起きているかわかりません。でも、あなたの言葉にはたった一つ、真実があった」
今なら契約できる距離にいる。
しかし何故か、僕の体は動かなかった。
棟冬六月のまっすぐな視線を受けて、僕は人生で初めてたじろいでいた。
「あなたは『捕まってる』って言いました。それは、“何に”捕まっているんですか?」
「――――」
「雲雀さんを隠したら、解放されますか? 私たちを閉じ込めたら、解放されるんですか? 誰かを傷つけることで……あなたはその“何か”から、解放されるんですか?」
油断をしないように常に殺気を纏っていた笹川京子が、ナイフをおろした。
僕も戦う気力が削がれて、ため息をつく。
この少女は、生命エネルギーが薄いわけではなかった。限りなく透明に近いのだ。
それが分かったものの、僕には契約の衝動は込み上げてこなかった。
棟冬六月は、僕に手をさしのべて、にっこり笑う。
「一緒に、出ましょう。この森からも、しがらみからも、あなたを縛るものからも」

――今まで、どんな人間も僕に手をさしのべることなどなかった。
僕たちは利用され、虐げられ、結果己を守ることができるのは己だけだと知った。
だから全てを壊してきた。
後悔はない。
罪悪感もない。
これまでもこれからも、僕はそうやって生きていくと思っていた。
それが違うというのなら。
他の生き方があるというのなら。

「――貴女が解放してくれるというのですか? 棟冬六月」

どうしてこんなことを訊いてしまったのかわからない。
ただわかっているのは、僕の眼の中にない色を、彼女が持っているということ。
棟冬六月は、少し目を見開いてから、ふっと微笑んだ。
「はい。あなたがそれを望むなら」


“望む”――――解放を?


僕は復讐を誓った。マフィアを殲滅すると決めて。
「……クフフ。面白いことを言う方だ」
こんなちっぽけな少女に、僕たちを救うことなど出来はしない。
それでもその笑顔に、心とやらの何処かが音を立てた。
「……貴女方と戯れている時間などありません。僕は失礼させていただきます」
「あのっ、あなたの名前は、」
「六月ちゃんっ!!」
僕が二人に背を向けるのと同時に、笹川京子が叫んだ。
「ど、どうしたの? 京子ちゃん」
「もうあんな奴いいじゃない。六月ちゃんが気にかけてやる必要なんてないよ。……っそんな必要ない奴なんだから!」
「で、も……、あ……いなくなっちゃった……」
僕は二人に見えないよう姿を消した。
けれど、黒曜ランドの出口を示してしまったのは――――、

『はい。あなたがそれを望むなら』

……何故、なんでしょうね。

*****

許せない。許せない許せない許せない。
何なのあの鼠。
私の六月ちゃんにあんな自己中心的な意見を押し付けて、私の六月ちゃんの笑顔まで向けられて。
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