きみだけに捧げる狂想曲

□イッショ
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「六月ちゃんは私が守る。六月ちゃん、大好きだよ」

確かにその時、何かが割れる音がした。

*****

私はなかなか帰ってこない雲雀さんを心配していた。
だってあんなに強い雲雀さんが、あんなに並中を愛している雲雀さんが、もう何日も帰ってこない。
副委員長の草壁さんも襲撃を受けたみたいだし、京子ちゃんのお兄さんも襲われた。
ほかの風紀委員も心なしか不安げな表情を浮かべている。
「……ねぇ、京子ちゃん」
「なぁに? 六月ちゃん」
「少し私、雲雀さんの様子見てきていいかな?」
気付けば私は、そんな言葉を口にしていた。
「…………なんで?」
「だって……心配、だから……。私には何もできないけど、携帯持っていけば警察に連絡くらいはできるもん!」
京子ちゃんはしばらく何かを考え込んでいたけれど、ややあって笑顔を返してくれた。
「六月ちゃん、優しいね」
「優しい、っていうのとはちょっと違うと思うけど……」
照れて前髪をいじっていた私の手を、京子ちゃんが握る。
「六月ちゃんは優しいよ。でも、心配だから私も一緒に行く!」
その言葉に、思わず私は首を左右に振っていた。
これは私が思いついた、何の保証もない冒険のようなものだ。雲雀さんがいればいいけれど、その雲雀さんが帰って来ないということは、危険があるということ。そんな場所に京子ちゃんを連れて行くわけにはいかない。
「京子ちゃんは、危ないからダメだよ! お兄さんだって襲われたんだし、なおさら見つからないようにしなきゃ!」
一応被害にあっているのは男子ばかりだけれど、親類縁者にまで危険が及ぶ可能性はじゅうぶんにある。
まして、こんなに可愛い京子ちゃんだ。さらわれたりしたらどうしよう。
「やっぱり京子ちゃんはダメ! 不良がいっぱいいたりしたら危ないよ。京子ちゃんは家で待ってて」
しかし京子ちゃんは、にっこり笑ったまま首をかしげた。
「六月ちゃんが行くところなら、私はどこにでも行くよ?」
私は申し訳なさに眉尻を下げ、おずおずと問いかける。
「京子ちゃん……。京子ちゃんは、私に……どうしてそんなに優しいの?」
京子ちゃんの温かい手が、私の手を包む。
「一緒にいたいから。守ってあげたいから。……それだけじゃ、理由にならない?」
こんなに思ってもらえるなんて、光栄を通り越して恐縮だ。しかし、京子ちゃんのことを大切な友達だと思っているからこそ、その提案は断りづらかった。
私だって京子ちゃんが危ない場所に行くなら、同じことを言い出したに違いない。
「それは……もちろん、うれしいよ? 二人で行った方が、早く解決できるかもしれないけど……」
そう。確かに、私に何かあっても、京子ちゃんが警察に連絡してくれれば事態の収拾は早い。
それが効率的だとはわかっていた。
でも、やっぱり、いや、だから…………。
そうやってうんうん唸って、百面相していたものの。
「もう、六月ちゃんったら。ほら、行こう?」
最後まで渋っていた私の手を引き、京子ちゃんはそのまま何処かへと歩き出してしまった。
「きょ、京子ちゃん、どこ行くの?」
振り向いた京子ちゃんは、どこまでも純粋な笑顔で言った。
「黒曜ランド」

*****

可愛い六月ちゃんは、どうして黒曜に行くのかしきりに不思議がっていた。
でも私を信頼してくれているから、おとなしくついてきてくれている。繋いだ手に力を込めれば、安心したような微笑みが返された。
……私だって本当は、黒曜なんかに行きたくない。だってあそこには鼠がいる。
犬なんて使って、私の六月ちゃんを傷つけようとした奴。
――――絶対に許せない。
八つ裂きにして、スプラッタになった肉片を烏の餌にしてもまだ足りないくらい。
あの鼠は、絶対にしちゃいけないことをした。
先に行ったはずの虫も、まったくの期待外れ。
私は右ポケットの中のナイフを確認して、前を見据える。
「なんか……人が全然いないね……。……でっ、でも! いざとなったら、私が絶対京子ちゃんを守るからね!! 危なくなったら、京子ちゃんはすぐ逃げてね!」
可愛い可愛い六月ちゃん。
私の六月ちゃん。
私は笑って、繋いだ手をぎゅっと握った。
「ありがとう、六月ちゃん。でも六月ちゃんは、私が守ってあげるから」
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