きみだけに捧げる狂想曲

□イワナイ
1ページ/3ページ


気がついたら、京子ちゃんが心配そうな顔で私をのぞきこんでいた。

*****

「痛……っ、」
体を起こした私は、頭痛に顔をしかめた。
どうやら頭を打ったらしい。
山本くんに呼び出されて屋上に行ったところまでは覚えているのだけれど、その後の記憶がない。
何故頭を打ったのかも謎だが、この状況もまた謎だ。
目の前には心配そうな表情で――何故か血塗れの京子ちゃん。少し遠くには雲雀さん。山本くんはもう屋上にはいないみたいだ。
私が不本意ながら気絶している間に、いったい何があったのだろう。
ヒバードちゃんが私の肩まで飛んできて、
「ムツキ、ムツキ!」と鳴いた。
私はヒバードちゃんにまで心配をかけてしまったのか。
京子ちゃんが優しく私の頭に触れる。
「六月ちゃん、大丈夫? 頭が痛むなら、一緒に保健室に行こう?」
ぼんやりする頭で私はうなずいた。今は、痛みしか感じられない。
「立てる? 私につかまってね」
京子ちゃんは優しく私を立たせてくれた。
雲雀さんは何も言わずに私たちを見ている。
そのうちにヒバードちゃんは雲雀さんの肩に舞い戻って、「ヒバリ!」と鳴いた。
どうして京子ちゃんは血塗れなんだろう。
どうして雲雀さんは何も言わないんだろう。
どうして此処に山本くんがいないんだろう。
記憶が曖昧な私は、それらすべての疑問を振り払って立ち上がる。
「……っ、」
「六月ちゃん!!」
よろけたところを京子ちゃんに支えてもらい、私が屋上の扉に手をかけた。
そのとき。

「……六月。その子には気をつけて」

雲雀さんはそれだけ告げると、ふっとどこかへ姿を消してしまった。
“その子”って、京子ちゃん……?
そんなわけない。
確かに少しばかり過保護だけれど、こんなに優しくてこんなに可愛い京子ちゃんが、何をするというのか。
「階段があるから、気をつけてね」
京子ちゃんはまるで何も聞こえなかったかのように、私に微笑みかける。
笑顔を返して、私は京子ちゃんの肩を借りた。
記憶がはっきりしないから、こんな風に不安になるんだろう。何があったかは、後で京子ちゃんに聞けばいい。
よくよく思い返せば、京子ちゃんが血塗れになるのは、いつだって私を守ってくれたときだった。
だとしたら私は、今日もまた京子ちゃんに守ってもらったことになる。
その場合、何があったか尋ねても『六月ちゃんに心配かけたくないから』と言われることが目に見えているけれど。
「六月ちゃん?」
「うぅん、大丈夫。いつもありがとう、京子ちゃん」
私は京子ちゃんに微笑み返して、保健室へと向かうのだった。

*****

あの日、山本武を殺し損ねたのは誤算だった。どうでもいいけれど、ロン毛もまだ生きているみたい。
まぁ、私にとっては些細な問題だ。
――あれから、頭を打った六月ちゃんを保健室まで連れて行く時は、もちろん人のいない道を通った。
でないと血塗れの制服に騒がれそうだったから。
保健室には予備の制服があるので、六月ちゃんの手当てをするついでに頂戴して着替えて帰った。
一々面倒くさい。
でもこれも六月ちゃんのためだと思うと、不思議と苦ではなくなった。
何があったのかと不安そうな六月ちゃんに、私は大丈夫とだけ繰り返した。
もう怖いことはないから心配しないでほしい、と。
余計な心配をかけたくないから気にしないでほしい、と。
六月ちゃんは、すぐに信じてくれた。
別に私は嘘をついているわけじゃない。ただ少し隠し事をしているだけ。
六月ちゃんに嘘なんてつくわけないでしょ?

*****

×月×日。
ようやく、うさぎさんを危険から遠ざけることができた。
私のうさぎさんは今日も可愛い!この笑顔があるだけで世界が存在する意味がある。
並盛に平和が戻ったみたいだけど、外に出るのはまだ危険。
鼠や虫がまだうさぎさんを狙ってる。しかも虫はどんどん増えてる。
みんな死ねばいいのに。
しねしね、死ね。しねしねしねしねしねしねしね、今すぐに。
消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ私のうさぎさんに近づく奴ら全部消えればいい。
虫は虫で潰し合えばいい。殺し合って、消し合って。早くそうなればいいのに。
そうしたら私は、私だけのうさぎさんと幸せな毎日を過ごすの!
世界には私とうさぎさんだけが在ればいい。
邪魔者はみんな、消えないなら……消すしかない、よね?

*****
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ