きみだけに捧げる狂想曲

□イラナイ
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六月ちゃんは、眩しいほどに明るい笑顔を浮かべる。
その笑顔を、誰にでも惜しみなく見せる。
私が見付けた六月ちゃんなのに。私の六月ちゃんなのに。
それに惹かれ始めている虫けらが増えているのが――――不快で不快で仕方ない。

*****

均衡なんて、崩れるのはいつだって一瞬だ。
この日私は、いつものように京子ちゃんと帰宅していた。
まだ危ないから、と京子ちゃんを家に送り届け、さて自分も帰ろうかとした時だ。
ひゅんっ、という突風と共に、私の頭に何かが思いきりぶつかった。
「痛っ……!!」
「ぶふぉ゛っ!」
ゴチッ、などと軽い音ではなく、バキッ、と重い音が頭の奥でがんがん響く。
ああ、今の衝撃でただでさえ少ない脳細胞がさらに減ってしまった。
私は痛みに涙を浮かべながら、ぶつかってきた何かを見やった。
そして瞬きをした。
「ってぇ゛……!!」

え、誰。

それはこの平和な日本において珍しい光景。
銀色のロン毛の、刀の人。
銀髪といえば獄寺くんもだけれど、そういう問題ではない。
閑静な住宅街に不釣り合いな、戦闘服のような格好。さらさらとした長い髪の毛をうっとうしそうにかき上げれば、のぞく銀の瞳。
その人はひどく綺麗だったけれど、ひどく物騒だった。
「う゛お゛ぉい、女ぁ!! 三枚におろされたくなけりゃ、今すぐそいつを退けろぉ!!」
最初は意味がわからなかった。銀髪の人は大きな声で怒っていて、私はといえばただアスファルトに尻餅をついているだけの状態だ。
何を退けろと言われているのか、そもそもその言葉が何を指しているのかさえ、わからなかった。
それがわかったのは、銀髪の人の視線を追って後ろを見た時だった。
「クロームちゃん!?」
「大丈夫? 六月ちゃん」
槍を構えていつの間にか私の背後にいたのは、クロームちゃんだったのだ。
そして銀髪の人は、どうやらクロームちゃんに怒っているらしい。
「う゛お゛ぉい、そのケースも返してもらおうかぁ」
状況が飲み込めないままにクロームちゃんを見ると、何かの箱を手にしていた。
「甘ちゃんのガキ共は呆気なく逃げ出したぜぇ? 女のお前は逃げなくていいのかぁ?」
そうだ、クロームちゃんは女の子なんだ。こんな不審で危険そうな人物に対峙させておくわけにはいかない。
そう思って、私が口を開きかけた時だった。

「クフフフフ。誰をあの甘ちゃんマフィアと一緒にしてるんですか?」

――クロームちゃんの声が、変わった。姿も煙にまかれて一瞬見えなくなり、次の瞬間にはあの時の“彼”が立っていたのだ。
男の人。左右違う色の瞳。不敵な笑みに、私を庇う優しくて大きな手。
「あ…………」
それ以上、声が出なかった。
「僕は六道骸。そちらの術士に訊けばすぐにわかるでしょう」
六道骸、それがこの人の名前。そしておそらく、クロームちゃんが言っていた“ムクロサマ”だ。
六道さんは私に振り返って、耳元で囁いた。
「目を閉じていて下さい」
「う゛お゛ぉい!! 女だろうが男だろうが、どっちでもいいからさっさとそれをよこせぇ!!」
私に状況がわかったのは、この時までだった。
六道さんに言われるままに目を閉じていたら、謎の金属音と衝撃音が何度か辺りを震わせた。
そんな音の応酬がしばらく続いた後、不意に静寂が訪れた。
私がおそるおそる薄目を開けると、六道さんが左肩に傷を負って地に膝をついていた。
「! 六道さんっ!!」
駆け寄れば、六道さんは痛みを堪えながらも、すがりつくような眼差しで私を見た。
「骸、と……。そう、呼んで、下さい……」
「む、骸さんっ! 大丈夫なんですか!? 肩から血が……!!」
「クフフ……、やはりまだこの体には、慣れない」
一方の銀髪の危ない人は、すでに姿を消していた。
それに安堵すると共に、私は骸さんの傷を確認する。
専門的なことはわからないけれど、鋭利な刃物で切られた傷口は綺麗だった。変色することもないようで、毒物の類が仕込まれていたわけではないと思われる。
「とっ、とにかくいいいい今、きゅっ救急車を呼びますから!!」
私は震える指で携帯電話のボタンを押そうとした。
しかし、大きな手にやんわりと止められた。
冷たい私の手をすっぽり包み込む、大きな骸さんの手。
「“骸さん”はやめて下さい。誰かさんを思い出します」
「え……、」
痛いのは、骸さん本人だ。その当人が救急車を後回しにしてまで名前の呼び方に執着するということは、“名前”が彼にとって、それだけ大きな意味を持つということだろう。
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