勿忘草の心2

□9.愛情
1ページ/5ページ


スっくんは屋敷を出ると、すぐに私の手をとった。
いきなり手をつなぐことに戸惑う私を無視して、でも歩幅は合わせてくれる。自分から手をつないでおきながら、少し照れて赤くなるところは、いつものスっくんらしくて微笑ましい。
「行くところ、決めてあるの?」
私が問うと、スっくんはうなずく。
「どこに行くの?」
今度は彼は、何も答えてはくれなかった。
銀色の長い髪が、風になびく。それを眺めつつ、私はスっくんについて行った。
このさらさらヘアーを保つ秘訣って、何なんだろう。絶対枝毛なんてないと思う。色素が薄いのはお国柄としても、こんなに長いのに毛先まで痛みが見られないのは、やはり日頃の手入れの賜か。
そんなことを考え、ついつい彼が髪の手入れをするところを想像してしまった私は、思わず吹き出した。
「う゛お゛ぉい! いきなり何だぁ?」
「うぅん、何でもな……っぷ、」
「『ぷ、』って何だぁ! オレの何がおかしい!?」
私は必死に笑いをこらえ、首を左右に振った。
「ったく……」
ぼやきつつ、スっくんは私の左手を握る指先に力をこめた。スっくんの右手は大きくて、しなやかだけれど骨ばってもいる。
私もかすかに指先に力を入れると、スっくんは驚いたような顔でこちらを見た。
私は悪戯っぽく彼を見上げる。
「ほんとのデートみたいだね」
目を細めて、柔らかな笑みを返すスっくん。
「ほんとのデート、だろぉ?」
「……うん!」
スっくんといると、不思議な感覚にとらわれる。安心できるし、身を任せられるのに、どこかどきどきする。
……いつもの熱烈アプローチのせいかな。
私は不思議な高揚感と共に、銀髪の剣士の横顔を見つめるのだった。

*****

オレは七花と共に、ある公園へ来ていた。実はここは、昔学校が嫌になった時抜け出しては、通っていた場所なのだ。学生時代のことなんてずっと忘れていたが、何故か今日ふと思い出した。
名前さえ知らないし、誰が管理しているのかはわからないが、とても広い公園だ。緑が多く、小さな花壇がチェス盤のように交差しながら並んでいる。
夜になると、外灯の美しさも手伝ってカップルがちらほら現れる。しかし昼間は、住宅地から離れているためか、ほとんど人がいない。
「わぁー! この公園、すごくかわいいね!」
はしゃぐ七花を横目に、オレはうなずく。
――喜ぶと思ったから、連れてきたんだ。
笑ってほしかったから。
「でもこんなに綺麗なのに、私たち以外誰もいないね」
「……あ゛ぁ。とりあえず座るかぁ」
オレは近くの石段へと七花を促した。
晴れているんだか曇っているんだかはっきりしない空に、太陽だけがやたらと眩しい。オレはそのまま目を閉じて、問いかけた。
「昨日……ベルとのデートは楽しかったかぁ?」
「うん! 今日はちゃんと手首と耳の後ろに、香水つけてきたんだよ? ちょっとだから、わからないかな」
「……あいつに選んでもらったやつかぁ?」
うなずく七花は、何もわかっちゃいない。オレが昨日どんな思いで二人の後ろ姿を見送ったかも、帰ってきた七花の髪に光るティアラに、どれだけ嫉妬したかも。
知らないふりをしているのなら、オレは我慢なんてできないしするつもりもない。
だが七花は、まるでわかっていないのだ。
まだ、桜庭亮斗が心の真ん中を占めているから。
会えない相手の安らぎや笑顔を願う愛は、恋愛とは少し違う。
慈愛で、博愛で、見返りを求めない純粋な愛だ。
恋愛は、どうしても見返りを求めてしまう。同じだけの愛情を返してほしいと思ってしまう。
好きな相手を守りたい、大事にしたいと思う反面、無理矢理にでも手に入れたくなる。その衝動をどれだけ抑えられるか、そして相手の笑顔をどれだけ守れるか、それが恋愛における『愛』なんだと思う。
七花はきっと、わからないんだ。長い間、記憶の中の桜庭亮斗を愛してきたから。葛藤を伴う、恋愛の『愛』がわからない。
だからベルのアプローチも、オレの告白も、どこか空虚にしか届かない。七花自身気付いていないその事実に、オレは気付いていた。
だからまずは、本当の意味で、男としてオレを見てくれ。ヴァリアーとか未来の恋人とか、そんなもん取っ払って、オレという男を見て。
「七花……」
オレは七花の肩に手を回し、そっと抱き寄せた。
「スっくん……?」
「……オレはこの香り、好きだぜぇ」
七花はほんのりうれしそうに微笑む。
「ティアラもね、ベルくんがくれたの! 私にはちょっと派手かもしれないけど……、かわいいでしょ?」
その笑顔。はにかむ姿。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ