勿忘草の心2

□8.買物
5ページ/5ページ

*****

七花は鈍い。鈍すぎる。
「ここがディーノさんのお部屋なんですね! 何だか大人の人の部屋って感じです」
何故だ。男の部屋に女一人、パジャマ姿で枕を抱えて立っているというのに、動揺の欠片も見えない。
あぁわかってる。どうせオレは、近所のお兄さん程度にしか思われてないんだ。悲しいほどに、男として意識されていない。
でもやっぱり七花のパジャマ姿は、めちゃくちゃに可愛い。パジャマの丈が若干長いところが、また愛らしい。その格好で枕を抱えて、目をキラキラさせながら部屋を見渡しているのだ。
ここにいるのがオレ以外の誰かだったら、飛び付かれてもおかしくはない。
駄目だ、七花には危機感というものが欠如しすぎている。
「ディーノさん、私、膝枕しましょうか? 恭弥くんに毎日してあげてたんで、得意なんですよ! あ、……膝枕に、得意も何もないですよね」
一人で提案して一人で照れて、枕に顔を埋める七花は可愛すぎる。もう無理だ。これは七花が悪い。絶対に七花が悪い。スクアーロの言い分ではないが、自覚のない七花が悪い。
「……膝枕、恭弥には毎日してたんだ?」
「はい! 甘えてくれる恭弥くん、すごくかわいいですよね」
七花は笑いながらベッドに近寄って、自分の持ってきた枕をオレの枕の隣に置く。
「オレも…………七花に膝枕、してほしい」
「はい!」
ぽふん、とベッドの上に乗ると、七花は正座して微笑んだ。まるで聖母のように、穏やかに。

「どうぞ、ディーノさん」

――――その笑顔を見たら、先刻までの高ぶった気持ちがすっと消えた。
……本当は、少し焦ってたんだ。いろんなヤツが七花に告白して、アプローチして、オレ一人取り残されてるんじゃないかって。
ここは一度、男として意識してもらえるように振る舞うべきじゃないかって。
でもそんなの、必要なかった。
七花は、今も七花のままだから。
『恋愛』とはまた少し違った『慈愛』を、皆に与える七花。
ガンガン押したヤツを選ぶとか、告白したヤツから選ぶとか、七花はきっとそんなことはしない。
七花が誰かに恋愛感情を抱く時は、きっと本当に純粋な恋をするんだと思う。
相手に好きなひとがいても、それが自分でなくても。七花はきっと、心に素直に恋をする。
だからオレが焦る必要なんて、ないんだ。焦ったって仕方ない。オレは自分なりのやり方で、七花に好意を伝えて行こう。
スクアーロみたいに情熱的なアプローチはできなくても、恭弥みたいに告白はできていなくても、シャマルみたいに達観した愛は貫けなくても。
やっぱりキャバッローネのことを考えると、感情のままに告白することはできない。同じマフィアでも、スクアーロやベルフェゴールは『ボス』じゃない。ツナたちだって、正式なマフィアではない。
オレはキャバッローネのボスだから。それを降りることはできないから。
だから今は、まだ、言わない。もしかしたら、永遠に言えないかもしれない。
でも、君に危害が及ぶくらいならオレは、永遠にこの恋を宝箱にしまおう。
「ディーノさんの髪、さらさらですね」
髪をなでる優しい手つきに、だんだんと重くなる瞼を閉じてオレは想う。








君をあらゆる危険から守るためならば、オレはこの気持ちに名前をつけてから蓋をしよう。
『愛』という名前を。


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ