勿忘草の心2

□8.買物
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翌朝、私はディーノさんに頭を下げていた。
「本当にすみません! ディーノさんに誘っていただいておきながら、生意気なお願いだってことはわかってます。でも、ベルくんと約束したんです」
ディーノさんはショックを隠しきれない顔で、ずーんと落ち込んでいる。それはそうだろう。
観光に誘った人間が、家主を放ったらかして、居候と二人きりで出かけるなんて気分のいいものではない。
「よりによってベルフェゴールかよ……。七花、なんでそんな約束したんだ?」
「それは……」
私は言いよどむ。告白されたなんて言えないし、今は姉弟みたいな関係だとも言えない。
すると隣にいたベルくんが、ししっと笑った。
「許せよ、跳ね馬。これは王子と七花の約束なんだからさっ」
「……まぁ、七花が楽しめるなら、それでいいけどな……」
「今日一日だけだって! ぜってー七花をすんげー楽しませっから!」
ディーノさんはきっと、私を楽しませようといろいろ計画してくれていたはずだ。今日がベルくん、明日がスっくんとの約束の日なら、ディーノさんと過ごせる時間が減ってしまう。
私は少し寂しげなディーノさんに、思い切ってお願いしてみた。
「あのっ! もしディーノさんがご迷惑じゃなければ、なんですけど……」
ディーノさんが私を見て、首をかしげる。
「何だ?」
「イタリアの滞在期間……もう一週間、延長してもいいですか……?」
ベルくん、ディーノさん、ロマーリオさんが驚きの声を上げる。
「七花はそれでいいのか?」
「はい。親はディーノさんなら信用してくれてるみたいですし、一週間も二週間も、さして変わりません。……今回は、ヴァリアーの方たちが集まってしまいましたから……よければ、ディーノさんが私のために用意して下さったプラン、後半の一週間に体験させていただいてもいいですか?」
そう言うと、ディーノさんの顔がぱっと明るくなった。
「もう一週間、居てくれるのか!?」
あまりにうれしそうな様子に、私は小さく吹き出した。
「……はい! 後半の一週間は、ディーノさんとデートですね」
私はふざけて言ったつもりなのだが、ディーノさんは顔を赤くして髪をかき上げた。
ディーノさんは大人で格好いいけれど、こういう純情なところがかわいいと思う。かわいい、なんて思われたら、ディーノさんは困るかな。
「……オレの方は、喜んで受けるよ。本当はヴァリアーのヤツらに七花を取られて、妬いてたんだぜ?」
冗談だとわかっている私は、笑って言葉を返す。
「じゃあ、私がディーノさんだけのお客さんになるまで、少しの間ベルくんとランデブーしてきます」
「おぅ! ベルフェゴール、きっちり七花をエスコートしろよ!」
ベルくんは私に抱きつくようにして、にっと笑った。
「ししっ。らじゃー」
その途端、ディーノさんの眉がハの字になる。
「……あんまり七花にくっつくなよ?」
「しししっ。跳ね馬、嫉妬?」
「はいはい、ベルくん。あんまりディーノさんをからかわないの! じゃあディーノさん、行ってきます」
私はベルくんがこれ以上ディーノさんをからかわないよう、話を打ち切るようにして部屋を出た。

*****

やっべ。緊張してきた。王子、緊張とか生まれて初めてじゃね?
七花といると、今まで自分だと思ってたもんがどんどん崩されてくんだよな。しかも、それを不快に感じない。
それが七花の絶妙な“距離感”なんだと思うけど。
「七花、どっか行きたいとこある?」
廊下を歩きながら聞いてみると、七花は顎に手をやって考え始めた。
「んー」
ちょーかわいい。『んー』って何だよ。王子、悶え死ぬから。
……じゃなくて。
今日一日は七花と二人っきりなんだから、目一杯楽しまなきゃ損だよな。オレは七花が楽しんでくれれば、楽しい。七花は何をしたいんだろう。
「えっと、いきなり聞かれると難しいけど……」
「行ってみたい観光地は、どーせ跳ね馬が案内してくれっから。オレはこの辺でオススメの店、教えてやるよっ」
そう言うと、七花の顔がほころんだ。
「ありがとう、ベルくん。今日は確か、香水決めるんだよね?」
「ん」
「アクセサリーを売ってるお店、教えてくれる? ベルくんのティアラ見てたら、私も何かほしくなってきちゃった」
今はとにかく、七花と話してるだけでうれしい。
「ししっ、りょーかい」
貢ぐ気満々のオレは、どこの店にしようか頭の中で地図を描き始める。
そんなこんなで七花とじゃれていたら、めちゃめちゃ不機嫌そうなスク先輩が見送りに出てきた。
「う゛お゛ぉい! 暗くなる前に帰って来いよぉ」
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