勿忘草の心2

□7.返答
1ページ/5ページ


アリスのお茶会に参加するのは、誰かしら?
ティアラをつけたチェシャ猫さん。
銀色の髪の帽子屋さん。
金髪のねむりネズミさんは、眠っているから一緒にお茶は飲めないの。
だけどここでは大切なお話があるのよ。
サクサクの林檎のタルトは美味しいけれど。
薫り豊かなダージリンも美味しいけれど。
少しだけ私に時間をちょうだい。
あなたたちに聞いてほしいの、勿忘草の心。

*****

結局私たちは、あれから広間に戻ることなく、どさくさに紛れて帰ってきてしまった。ルッスーリアさんが手配してくれた車で屋敷に戻り、今は着替えも終わって皆でゆっくりしているところだ。
ダイニングには美味しそうな夕食が並んでいたものの、私は疲労のあまり食欲が出なかった。そのため特別に軽食を用意してもらい、それをつまんでいる。
男性陣は疲労のひの字もないようで、相変わらずの食欲を見せていた。
スっくんとディーノさんは、まだ私の素晴らしさについて言い争っていて、恥ずかしいことこの上ない。
ベルくんはあれから一言も発することはなかった。そういった雰囲気の変化に敏感なルッスーリアさんも、どこか戸惑っているようだ。
マーモンちゃんだけは、我関せずといった様子でレモネードをすすっている。
そんな皆を見ながら、私は胸元のペンダントに触れて、一つの決意を固めた。
「…………あの、」
私が口を開いた途端に、ダイニングは静まりかえる。普段なら物怖じしてしまうような空気にも、今の私は屈するわけにはいかない。
……きっと、言わなければいけないことだから。
私は一度目を閉じて、瞼の裏に亮斗くんの笑顔を思い浮かべてから、もう一度目を開いた。まっすぐに見つめる視線の先にいるのは、大切な二人。
「……ベルくんとスっくんに、話があるの」
二人がわずかに息をのんだ。
「今から私に……時間をもらえる?」
スっくんはすぐに真剣な顔つきになって、うなずいた。
「あ゛ぁ。七花の部屋に行けばいいかぁ?」
「うん」
ベルくんは数瞬ためらうような仕草を見せた後、緊張した面持ちで、こくりとうなずいた。
ディーノさんが不服そうに、唇を尖らせる。
「何だよ、オレだけ仲間外れか?」
私は軽く、ディーノさんに頭を下げる。
「すみません。……すぐ、済みますから」
「七花ちゃん……」
心配そうに声をかけてくれるルッスーリアさんに笑顔を返し、私は席を立った。
「……ごちそうさまでした。お先に失礼します」
マーモンちゃんもロマーリオさんも、何も言わなかった。
ダイニングの入口を出る私の後ろから、スっくんとベルくんがついてくるのがわかる。
――私は痛みを繰り返し、それでも君を愛してく。いつか再び出逢える日まで、何度でも君の名前を呼ぶ。
逃げないと決めた私は、優しい人たちとも向き合うんだ。たとえ傷つけることになっても、私は私の意志を伝えるべきだと思うから。

*****

目の前を歩くのは、見慣れたスク先輩の背中と、ちっさい七花の背中。なのにオレは今、押し潰されそうな不安と闘っていた。
七花の纏う空気が、いつもと違う。何かを決意したような、どこか遠くを見据えるような、そんな後ろ姿だった。
「どうぞ」
そう言って促され、オレとスク先輩は七花の部屋に足を踏み入れた。
背中で閉められたドアが、運命を告げるように軋む。
「早速だけど――――私、二人に言わなきゃいけないことがあるの」
七花はゆっくり、オレたちを見た。
どこまでもまっすぐで、汚れを知らず、覚悟を決めた表情だ。
スク先輩が、静かに口を開いた。
「……死んだ想い人のことかぁ」
七花はうなずいた。
何のことだかわからないオレに、七花は複雑な笑みを浮かべながら教えてくれる。
「私にはね、愛してる人がいるの。…………天国に」
「……!!」
初めて聞く事実に、オレは驚きを隠せない。それを知った上で、七花は言葉を続けた。
「スっくんが、ベルくんが、私を好きって言ってくれるのはうれしい。でも、それってどんな“好き”なの?」
いつにも増して、七花は饒舌だった。
「私のだいすきな人は、愛してる人は、桜庭亮斗くんって言うの。私は彼に、一度も名前で呼んでもらったことはない。いつだって苗字で、『鑢』って呼ばれてた。きっと、その他大勢のクラスメートの中の一人だった。その程度の知り合いだった」
オレもスク先輩も、何も言えなかった。七花の繊細な気迫に圧されて、何を言えばいいのかわからない。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ