勿忘草の心2

□6.夜宴
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パーティーが始まり、跳ね馬が壇上でスピーチを始めた。
奴の表向きの顔は、新進気鋭の青年実業家だ。本人に自覚はないが、それなりに人気があって女からのパーティーの誘いも絶えないらしい。だが、跳ね馬がその誘いを受けたのは今回が初めてだという。そして参加条件は、自分の連れ……つまり七花をパートナーにすること。
あのへなちょこ、何考えてやがる。
ただでさえ気が立っているオレは、七花をちらちら見ている男共をギンッと睨みつけた。
「……ねぇスっくん」
「あ゛ぁ?」
「当たり前のことだけど、ディーノさんってイタリア語話すんだね」
不意に七花がオレに話しかけてきた。何とも間抜けな台詞に、思わず頬がゆるむ。
「……当たり前だぁ。オレだって話せるぜぇ?」
「うん。……でも皆、私といる時は日本語で話しててくれたから」
オレはここで、七花の言いたいことを理解した。今跳ね馬は、イタリア語でスピーチをしている。七花には、奴が何を言っているのかわからないのだ。
「……『本日はお招きいただき、ありがとうございます』」
「スっくん?」
「……奴の言ってることだぁ」
オレが通訳してやると、七花はうれしそうに顔をほころばせた。
「スっくん、ありがとう」
オレは照れ隠しに軽く鼻を鳴らし、通訳を続けた。
その間にも広間にいる男共は、何かにつけて七花に視線を向ける。
オレも目で脅してはいたが、七花の左隣のベルはすでに殺気丸出しだった。鈍い七花は気付かなくても、普通の人間ならあてられる。
「ちょ、ベルちゃん! ここは一般人がまったりしてる場なんだから、殺気はしまってちょうだい」
「しししっ。うっわー王子限界。だって何アイツ。さっきなんて王子のこと睨み返してきたんだぜ? ……あ、やっぱ思い出したらムカついてきた。殺っちゃおっかなー」
ルッスーリアが必死になだめ、ベルはギリギリ押しとどまっている。まぁ、七花の目の前で殺しはできないっつーのが、一番でかい理由なんだろうが。
「『今宵は氏家柄関係なく、この舞踏会を楽しみましょう』」
「ふわー……。改めて思ったけど、ディーノさん何だか格好いいね」
「…………う゛お゛ぉい、七花」
オレは引っかかるものを感じて、斜め後ろに立っている七花に向き直った。
左目だけを隠す白銀の仮面が、オレと向かい合う。
「なぁに?」
オレは七花の右頬に手をすべらせ、耳元で囁いた。
「オレはお前を愛してるって言っただろぉ? オレの前で他の男を誉めんなぁ」
「えぇ!? でも、」
「それとも…………」
七花の唇にそっと触れて、軽く指を差し入れる。
指先がわずかに舌に触れ、思わず体が熱くなった。
「ん……っ」
鼻にかかった七花の声が、よけいに気分を高揚させる。このままキスの雨を降らせてやりたいところだが、生憎ここは公共の広間。
オレは指先についた口紅を舐め取りながら、七花に流し目を送った。
「……今ここで、改めて口説き倒してほしいのかぁ……?」
「!! け、けけ……っ結構ですっ!」
真っ赤になった七花は、ぷいっとそっぽを向いた。
なんでこいつは、一々反応がかわいいんだろうな。
これだから、ついついちょっかいを出したくなっちまうんだぁ。
そんなことを思いつつ、オレがかすかに気をゆるめた瞬間だった。
「『こういった場に出るのは初めてです。と言うのも、日本にいる……』……はあぁああ!?」
跳ね馬が口にした言葉に、オレは我が耳を疑った。
壇上にいるのをいいことに、奴は決して聞き流せない台詞を吐き続ける。
「スっくん?」
「ちょっと待ってろぉ!!」
あの野郎、なんで今日はこのパーティーに参加したのかと思えば、これが狙いか……!
オレは客波をかき分け、怒り心頭のまま跳ね馬に近付いた。

――『と言うのも、日本にいる私の恋人がイタリアに来てくれたからです。皆さんが先程から気にしてらっしゃる、マドンナブルーのドレスの女性――彼女が私の恋人です』

こんなことを言わせたままにしておけるはずがない。
客の視線が一斉に七花に向くが、イタリア語を理解していない七花はきょとんとしている。
大方跳ね馬は、これで七花への男避けと自分への女避けをするつもりなんだろう。
だがしかし。
「う゛お゛ぉい!! 何好き勝手なこと言ってやがる!!」
オレはつかつかと跳ね馬に歩み寄り、壇上に飛び上がってマイクを奪った。そのままイタリア語で、広間の全員に宣言する。
「冗談も休み休み言えぇ! 七花の恋人はこのオレだぁ!!」
「ちょ、スクアー、」
「しししっ。何勝手なこと言ってんだ……よっ!」
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