勿忘草の心2

□5.反則
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「す……すごい……」
これが私かと疑うほどの完成ぶりに、思わず感嘆の息が漏れる。
鏡の中に映っているのは、神秘的な群青色のドレスの東洋人だ。
昨日と同じ仕立て屋さんたちは、何故かにやにやしながら、『仮面は邪魔になりますから、パーティーの直前にお付けになってはいかがですか?』と異口同音に言う。その忠告に従い、豪奢な仮面は箱の中に入れてある、のだが。
サイドに寄せてまとめ、巻いて散らされた髪に、きらきらした黒い羽飾り。群青色のロングドレスは勿論のこと、それに違和感を抱かせない大人びた化粧。黒いハイヒールは足首でリボンを結ぶタイプで、正直に言えばとてもかわいかった。首にさげたロケットペンダントだけが、かろうじていつもの私だと示している。
本来なら首飾りも用意してもらう予定だったらしいけれど、私はここだけは懇願した。お願いだからこのネックレスだけは、どんな時も肌身離さずいさせてほしい、と。端から見たら首元だけ物足りないかもしれないが、私にとってはこれが生きる道しるべなのだ。どんな宝石よりも価値があると、己が一番よく知っている。
それにしても、と私は改めて鏡の中の自分を見つめる。よくここまで変わったものだ。
「まぁ七花様! とてもお綺麗です!」
「ディーノ様を金とするなら、七花様は群青。金髪碧眼と言われるように、まるで一心同体のような相性ですね」
「七花様七花様、よろしければお写真をお撮りしましょうか? ご家族やご友人に見せて差し上げてはいかがでしょう」
私は母さんや紗知のことを思い浮かべた。
「……じゃあ、お願いします」
そう言って写真を撮ってもらい、旅行鞄にしまうとほぼ同時に、部屋のドアが勢い良く開けられた。
「七花ー!!」
「ディーノさん!」
おっと、とつまずきかけたが持ち直したディーノさんは、純白のタキシードに身を包んでいた。ところどころに銀の刺繍がしてあって、髪も少し短くなっている。まさにおとぎ話に出てくる王子様だった。やっぱりディーノさんは格好いい。
これは白馬が必要だなぁ、などと呑気に考えていると、不意にディーノさんが固まった。
私を凝視したまま、微動だにしない。
「? ディーノさん?」
「……っ!!」
いきなりディーノさんの顔が、真っ赤になった。何か言いたいのか、口を開いては閉じ、また開いては閉じ、結局沈黙が流れる。
私は、こんな格好をするのは早すぎたかと不安にかられ、仕立て屋さんたちを振り向いた。と、彼女たちは一様に笑いをこらえていた。
しかし私を見て笑っているのではなく、挙動不審なディーノさんを見て肩を震わせている。
「……あの、こんな大人っぽい格好、やっぱり私には似合わないんじゃ、」
途端にディーノさんが、我慢限界といった様子で私に突進してきた。
「ディーノさんっ!?」
「七花七花七花七花ーっ!」
思いきり抱きしめられて、どきっとした。安心できるディーノさんの香水に、広い背中。必要な筋肉はしっかりついた、たくましい腕。優しいというよりは情熱的な抱擁に、今度は私の方が真っ赤になってしまった。
「ちょ、ディーノさ……」
「……っ、綺麗だ……」
耳元で囁かれて、頬がかあっと熱くなる。
「ぁ…………」
強く抱きすくめたまま、ディーノさんが私の頬に数回口づける。挨拶だと知っていても、仕立て屋さんたちが見ていると思うと恥ずかしくて、私はディーノさんにきゅっとすがりついた。
「っ、やめろって……。そんなかわいいことされると…………」
「え……?」
ディーノさんがわずかに体を離して、私を見つめる。その目が熱くてくすぐったくて、思わず胸が高鳴った。
ゆっくり近づいてくるディーノさんの顔は、いつ見ても端整で。私の頬をすべるてのひらは、すごく熱い。
「七花……」
熱に浮かされるまま、唇が触れそうになった時だった。
「ししっ。何王子の姫に手出そうとしてんだよ跳ね馬」
ディーノさんは髪の毛を後ろに引っ張られて、私から遠ざかった。かわりに顔を出してくれたのは、正装したベルくんだ。ベルくんも臙脂色のタキシードで、いつもより大人びた雰囲気を纏っている。普段ラフな格好ばかり見ているため、新鮮に感じられた。
でも、ベルくんも私を見た瞬間動きを止める。ディーノさんは綺麗だと言ってくれたけれど、ベルくんから見たら変……なのだろうか。またもや自信をなくしかけ、
「……あの、こんな大人っぽい格好、やっぱり私には似合わないんじゃ……」
言いかけた瞬間、ベルくんが顔を赤く染めて唇を引き結んだ。
そして真剣な顔つきのまま跪いて、私の手の甲にキスをする。
「……七花、似合ってる。めっちゃキレー」
その言葉と、騎士が姫にするような仕草に、私ははにかみながら微笑んだ。
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