勿忘草の心2

□4.前夜
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今、私はまさに混乱していた。
「七花様ならこちらのドレスが……」
「いえ、こちらの方がかわいらしさをより引き立てて……」
「違います、ここはあえて大人びた魅力で皆様の心をぐっと……」
目の前に並べられた様々な色のドレスに、私は唇の端をひきつらせた。
ドレスを持ってきてくれた数名の女性は、それは楽しそうに論争を繰り広げている。もはや私の部屋は、サイズも色の種類も豊富に揃ったドレスの山で、埋め尽くされていた。
「あのー……」
おそるおそる口をはさむと、仕立て屋さん全員がぐるりとこちらを向く。
「あら、七花様のご希望をお聞きするのを忘れていました」
「そうですね。七花様は、お好きな色やドレスの形はございますか?」
私は肉食動物に追い詰められた小動物のごとく、鏡の前でびくびくしていた。
「いえ、あの……色と言われても……。ドレスなんて着たことがないので、露出の少ない形であれば何でも……。それに、私に『様』なんてつける必要はありません」
私がそう答えると、仕立て屋さんたちは口を揃えて否定した。
「いいえ! ディーノ様のお客様ですから、相応の対応をさせていただくのは当然です!」
「そうです! ドレスからヘアメイク、ネイルに至るまで私どもがしっかりスタイリングさせていただきます!」
「七花様は、ディーノ様が初めてご自分でお選びになったパートナーなんですよ。もっと自信を持って堂々と、思うままに私どもをお使い下さいませ」
この屋敷に来てから、お姫様になったみたいだと思うことは何度かあった。が、今ほどそれを実感した時はない。
外国のお嬢様たちは、皆こういった状況に置かれているのだろうか。
まず、こんなに種類があったら選べない。しかもどれもものすごくきらびやかで、ものすごく高そうなのだ。
ディーノさんは、ドレスは用意すると言ってくれたけれど、おいそれと触って汚してしまったらどうしよう。そう思うと、動くに動けない。
「えっと……あの、色、とかって……他のお嬢様方はどうやって決めてるんですか?」
「そうですね……」
仕立て屋さんの一人に尋ねると、口々に様々な答えが返ってきた。
「もちろんそのお嬢様のお好きな色でしたり、たくさんお持ちになっているドレスの色でしたり」
すみません、ドレスなんて持ってません。
「逆に、いつもは着ない色を選ぶお嬢様や、ぱっとご覧になった直感で決めるお嬢様もいらっしゃいますね」
すみません、そんな勇者にはなれません。
「もう私どもにすべてお任せ、という方もいらっしゃいますし……あ、そうそう。花言葉や宝石言葉を元に、色をお決めになるお嬢様もいらっしゃいましたね」
……花言葉。
私の中で、その言葉が響いた。
そして目にとまったのが、群青色のロングドレスだ。きらきらした宝石と黒いレース、黒いベルベットのリボンがあしらわれていて、私には少し大人びた感じにも見える。
けれど、その色は強く私を惹き付けた。
「勿忘草の色……」
勿忘草の花言葉は、『私を忘れないで』『真実の愛』『真実の恋』。切ないけれど、私の一番好きな花。
亮斗くんはもういないけれど、忘れないでいてほしい。同時に、私は決して彼を忘れない。そして私にとって亮斗くんへの想いは、真実の恋であり、愛だ。
私は胸のペンダントを軽く握って、そのドレスを指差した。
「私……あのロングドレスをお願いしてもいいですか?」
すると、やんわりした笑みを浮かべた仕立て屋さんがドレスを手に取り、話してくれた。
「古代から、天然の群青の原石はきわめて貴重なものだったので、東洋でも西洋でも“至上の存在”を描くのに使われていたそうです。聖母マリアの衣服ともされているので、この色を“マドンナブルー”ともいうんですよ」
「まあ! マドンナブルーだなんて、七花様にぴったりな色じゃない!」
「ええ、是非このドレスにしましょう!」
「なら仮面は片方だけで、逆サイドの髪をまとめて黒の羽飾りを……」
「メイクは落ち着いた色合いで、アイラインをはっきり……」
後はもう専門用語が飛び交い始めて、私にはよくわからなかった。ドレス以外はそれこそ何がいいのか判断できないので、任せてもいいかと訊いてみたところ、快諾してもらえた。舞踏会本番は明日の夜なので、すべての準備は明日の昼過ぎから行われるらしい。
今日はドレスを試着し、採寸を済ませただけで終わった。
「では、明日の3時に参ります」
「わかりました。よろしくお願いします」
荷物をまとめて帰っていく仕立て屋さんたちを見送ってから、私はディーノさんをさがした。もちろん今日のお礼を言うためだ。
しかしダイニングに行った途端、私は凄まじい喧騒に飲み込まれた。
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