勿忘草の心2

□3.秘密
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私は未来の自分が、何故スクアーロさんのことを『スっくん』と呼んでいたのか、嫌というほど理解した。
あの熱烈アプローチの日から、彼に一切の遠慮がなくなったのだ。気が付けば手をとられている。気を抜けば頬に軽く唇が触れる。優しい手は時に私の頭をなで、時に私の背筋をなぞる。
これで意識しない方がおかしい。
故に私は、今日も彼から逃げてディーノさんの背中に隠れる。
「おっ。どうした、七花?」
「……ディーノさん助けて下さい。スっくんがいじめるんです」
「スっくんって……スクアーロのことか?」
あの日から私の中で、彼の呼び名は定着している。
うなずくと、ディーノさんが吹き出した。そして目の前の銀髪の剣士に、悪戯っぽく話しかける。
「ずいぶんかわいいあだ名じゃねーか、“スっくん”」
するとスっくんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「さん付け敬語の“ディーノさん”には言われたくねぇなぁ」
スっくんはもういっそ清々しいほどに、あの間抜けな呼び名をディーノさんに自慢していた。私からあだ名をつけられたことが、そんなにうれしいのだろうか。
まぁ確かに、私も亮斗くんにあだ名で呼んでもらえたら、すごくうれしいとは思う。
ただ、それをディーノさんに自慢する理由はまったくわからない。嫌がらせの意味もなしていないようだし、ディーノさんの眉が若干ひきつっている理由もまた、私にはわからなかった。
ひょっとしてディーノさんは、幼なじみのスっくんを私に取られたようで寂しいのかもしれない。友情は不滅だなぁ、とぼんやり思う今日この頃だ。
そうこう考えているうちにも、スっくんの挑発は続く。
「オレは七花に付けてもらった呼び名なら、何でもうれしいぜぇ?」
「…………」
「…………」
スっくんとディーノさんの間に、無言の火花が散った。
「……言っとくがオレは、死んでも七花をあきらめるつもりはねえぞぉ」
「……のぞむところだ」
なんだか険悪な雰囲気だ。
というかスっくん、軽くストーカー発言だよ。
そしてディーノさん、意味もなく挑発に乗らないで下さい。
そんなことを思っていたら、私の服をちょいちょい引っ張る手を発見した。
見ると、ベルくんが人差し指を唇にあてて、私を呼んでいる。
……ここは一旦逃げさせていただこう。そう判断した私は、ディーノさんの背に隠れるようにして、すたこらさっさとその場を後にしたのだった。

*****

そんなわけで、今私はベルくんの部屋にいる。
そしてベッドの上で、何故か彼に後ろから抱きしめられている。
「ししっ。よーやく七花、スクアーロから返してもらえたー」
「返すって……ベルくん、私は物じゃないんだからね?」
「わかってるって」
「いやいや、わかってたらこんなクマのぬいぐるみ抱っこするみたいなこと、しないよね」
私は部屋に入るなり手を引かれ、気付いた時にはもう人形のようにぎゅうっと抱きしめられていた。
「…………嫌?」
そう尋ねる声が子供らしくて、思わず首を横に振ってしまう。まぁ、実際に嫌ではない。
ただこのままでは、ベルくんの顔が見えないのだ。
「ベルくん、一旦離してくれる? この姿勢でもいいんだけど、私は久しぶりにベルくんの顔が見たいな」
「! 七花……っ」
ベルくんは、素直に私を離してくれた。ベッドの上で二人向かい合い、お互いに照れくさくなって破顔する。
「ほんと……久しぶりだよな、七花と会うの」
「そうだね。元気にしてた?」
ベルくんは笑ってうなずいた。
「だってオレ、王子だもん」
……この発言はよくわからないけれど、ベルくんが元気でいてくれてよかった。
私はここで、肝心の問いを口にした。
「でもベルくん、どうして私に会いたかったの?」
途端にベルくんの歯切れが悪くなった。あー、とかうー、とかいう呻き声が、形のいい唇からこぼれる。
きっと言い出しにくいことなんだろう。
私は彼のさらさらした髪をなでて、優しく問いかけた。
「怒らないよ。ベルくんが嫌じゃなければ、教えて?」
ベルくんはうつむいて、何度か唇を開いては閉じ、ためらっているようだった。
そんな彼を安心させようと、私はベルくんの手をそっと握った。ベルくんの肩は一瞬びくっとしたものの、先刻までの緊張が解けていくのがわかる。
やがてベルくんは、ぽつりぽつりと語り始めた。
「オレ……あの事件からずっとイタリアにいて、七花に会いたくてしょーがなかった。ほんとに……どんな手段を使っても、会いたかったんだ」
「……どうして?」
するとベルくんは、思いもよらない答えを返した。
「……七花がいつもつけてるそのネックレス…………」
私は反射的に、ペンダントヘッドを守るように握りしめる。
けれどベルくんは、うなだれるようにして頭を下げた。
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