勿忘草の心2

□2.再会
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朝起きて、身支度をととのえていたら、ディーノさんが朝食だと部屋まで呼びに来てくれた。
「はよ! 七花ーっ」
あぁきっと日本とは時差があるんだろうな、などと思いつつ、抱きついてくるディーノさんを微笑ましく思って。
昨日と同じように、エスコートされながらダイニングに足を踏み入れた私は。
扉の向こうに広がっていた景色に、言葉を失った。

「ししっ。けっこー腕のいいシェフ使ってんじゃん」
「ム。確かにこのレモネードは美味しいね」
「こっちのチキンもなかなか……って、あっらーん! お久しぶりね、七花ちゃん!」
「お゛ぅ、七花…………っ跳ね馬ぁ、七花から手を離せぇ!!」

混沌と書いてカオスと読む。
私は呆然とその場に立ち尽くした。隣で固まっているディーノさんを見るに、彼が招いたわけではないらしい。
ヴァリアーとディーノさんの会社には、なんと交流があったのか。世間は狭い、とはまさにこのことだ。
「お……お前ら、なんでここにいるんだ!? 謹慎中のはずじゃ……!」
ディーノさんが驚いている。驚いても格好いいなんて、反則だと思う。
とまぁ、それはさておき。
どうやらヴァリアーの皆さんは謹慎中だったらしい。ひょっとしてこの前の、指輪がどうのスパイがどうのという件がからんでいるのだろうか。
だとしても、私が口を出す内容ではない。
そう思って事態を見守っていると、ベルくんが椅子からぴょんと降りて、私の前までやってきた。
「しししっ、王子に謹慎とか関係ねーし。……久しぶり、七花」
「あ、うん。お久しぶりだね、ベルくん」
私は思わず、笑みをもらしてベルくんの頭をなでていた。ベルくんの方が背は高いけれど、今はなんだか子犬のように感じる。
……かわいい。
「……お前ら、何しに来たんだよ?」
ディーノさんが額に手を当てて尋ねると、ルッスーリアさんが小指を立てて答えてくれた。
「それはもちろん、七花ちゃんに会うためよん」
「え……?」
私はベルくんの髪をなでる手を止めて、首をかしげた。
この旅行を知っているのはごく少数の後輩と紗知と、後は家族くらいのものだ。何しろ、決まったのも出発したのも急だった。
どうしてベルくんたちが知っているんだろう。
私の不思議そうな顔を見て、ルッスーリアさんが笑って肩をすくめる。
「だってベルちゃんのせいで、あちこちサボテンだらけだし七花ちゃんだらけだしで、大変だったんだもの。マーモンにねん…………げふんぃえっふん、マーモンに任せて、七花ちゃんの居場所を調べてもらったのよ」
「……?」
私には何が何だかわからなかったが、ディーノさんには伝わったようだ。諦めのため息が、その唇から吐き出される。
「……わーった。じゃあお前ら全員、オレと七花の邪魔しに来たってことだな?」
私とディーノさんに邪魔も何もないような気がするが、ヴァリアーの人たちは、呼吸ぴったりにうなずいた。
「とーぜん」
「ムム」
「当たり前だぁ!」
「私はスクアーロとベルちゃんの、け・ん・ぶ・つ! 七花ちゃんにも会いたかったしねん」
ふよふよとこちらに来たマーモンちゃんを抱き上げて、私はとりあえず皆さんに会釈した。
「何だか事情はよくわかりませんが、皆さん、お久しぶりです。まさかこんな所でお会いできるなんて、思ってもみませんでした」
「しししっ。やっぱり七花サイコー」
ディーノさんを押し退けるようにして、ベルくんが私に抱きつく。
マーモンちゃんが、ちょっと苦しそうな声を出した。
「大丈夫? マーモンちゃん」
すると、すらっとした背の高い影が、ベルくんの首根っこを掴んで私から離してくれた。
「あ。ありがとうござ、……っ!」
顔を上げた私は、息を飲んだ。背の高い影の持ち主が、スクアーロさんだったからだ。
どきん、と心臓が大きく脈打った。
だって、どんな顔をして会えばいいのかわからない。何を話せばいいのかも、どこを見ればいいのかもわからない。
――――でも。
私は胸元のペンダントをきゅっと握って、軽く顎を引いた。
大丈夫。亮斗くんがいてくれるから、大丈夫。
皆がいてくれるから、大丈夫。
「……お久しぶりです、スクアーロさん」
しぼり出した声は、思いの外落ち着いていた。
スクアーロさんがわずかに目を見張って、気まずそうに苦笑いする。
「……あ゛ぁ。久しぶりだなぁ、七花」
大きな手が頭をなでてくれて、何故か無性に泣きたくなった。
もうケガは良くなったんですね、とか、よくも私のファーストキスを奪ってくれましたね、とか。言いたいことはいろいろあったけれど、どれも違う気がした。だから私は、ただ微笑んだ。
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